インターネットが広まったことによる環境変化は、音楽体験も大きく変える。クラウド化とソーシャルメディアの普及にともなって、ストリーミングサービスが音楽体験の主要な方法の一つになることは、もうずいぶん前から、明らかなことだった。
僕は3年以上前から、「ストリーミングサービスの時代が来るよ」と言ってきていて、最近は「くるくる詐欺の狼オヤジ」みたいになっていたので、変な言い方だけど、ちょっとホッとした。今月の終わり頃には、みんな、「やっぱりストリーミング来そうですね」って、少なくともいったんは思ってくれるだろう。
●Apple Music発表!
アップルの開発者向けイベントWWDCが、その枠を超えて世界的な注目を集めるようになって久しい。今年のWWDCの最注目は、Beatsを高額買収して、Beats Musicスタッフを取り込んで始める音楽ストリーミングサービスだった。Apple Musicは、世界100カ国で6月30日から始まるそうだ。サービス内容はまだよくわからないけれど、Spotifyなどのオンデマンドストリーミングサースと似たような内容のようだ。Beats Musicは優れたキュレーションが評判だったから期待が持てる。無料会員の仕組みは無いが、Beats1という無料のネットラジオを始めるようだ。アラカルトダウンロード型のiTunes Storeで多数のユーザーを抱えているアップルが、普通に考えると両立しにくい月額定額型のストリーミングサービスをどのように組合せてユーザーに提案するのか興味深い。音楽イメージを持った世界ブランド、アップルがストリーミングサービスを始める意義はとてつもなく大きい。
近年ユニバーサルミュージックを始めとしたグルーバルメジャーレーベルは、Spotifyは味方、PANDORAが敵と、はっきり色分けして、Spotifyの普及にはポジティブだったけれど、昨年のアメリカでの売上減を見て、ちょっと風向きが変わったようだ。Spotifyを始めとするストリーミング月額課金の伸び以上に、iTunes Storeの落ち込みが激しかったのだ。やっぱり「フリーミアム」の「フリー部分は微妙かもね」みたいなことを言い出しているようだ。
「フリーミアム」は、フリー(無料)とプレミアム(有料)を組みあせた造語で、無料会員と有料会員を組合せてサービス運営をする手法のことだ。インターネットの普及で、あらゆるデジタルコンテンツが無料化の圧力を受けている時代に、よくできた「発明」と捉えるべきで、敵視するのはおかしい。まして、Spotifyは無料会員が有料化するコンバージョン率が2割以上という驚異的な数字を誇っている。無料部分の広告収入よりも有料会員による収入の方がずっと多い。総収入の7割弱を権利者に分配しているのも素晴らしい。2015年1月〜3月の分配額は3億ドルを超えたとの発表があった。そんな状況で権利者側が「無料で聴かせている」という部分だけを理由に嫌がるのは、経済的合理性に反するな、と個人的には思っている。
その風向きを読んでかどうか、対抗馬となるアップルミュージックは、フリーミアムモデルは採用していないので、レーベルの期待度は高いようだ。このサービスの伸び方次第では、Spotifyに逆風が吹くかもしれない。
さて、日本のサービスはどうだろう?
先月末始まったAWA musicには、どんどん暴れて欲しい。アプリのさくさく感は良い感じだ。せっかくのプレイリストにソーシャルボタンが付いてないなどの不備も見られるけれど、サイバーエージェントとエイベックスは、ユーザー視点で機敏に動くというカルチャーを持っている会社のはずなので、既成概念にとらわれない新しい挑戦をやってくれるのはないかと期待している。
LINE MUSICも今週、サービス開始だと聞いている。LINEという巨大なコミュニケーションプラットフォームとストレス無く行き来できる設計というは魅力的だ。会員になっていなくても30秒試聴はできるようなので、LINEの会話で友人に曲を紹介するみたいなことが簡単にできるはずだ。ソニーミュージック、エイベックスに続いて、ユニバーサルミュージックまで資本参加したのは、着うたの時のレコチョクを彷彿とさせる。レコード会社が後押ししつつ、LINEスタッフの発想を活かしてサービスを作っていけば成功確率が上がっていくだろう。
先行して始まった台湾発でKDDI傘下のKKBOXは、アジアではNo.1のストリーミングサービスだ。台湾でブレイクのキッカケになったlisten withというチャット機能を活かして頑張るだろう。
Apple Musicは日本も同時にサービス開始という情報が事前にあったけれど、6月30日だとすると、LINE MUSICなどとの関係上、少し遅らせるように、ソニー・ミュージックなどが希望するかもしれない。それでも数カ月後には始まる流れが予想できる。そうなると、アメリカでの大型上場を控えるSpotfiyも指を食わえて見ている訳にはいかないはずだから、日本でのサービス開始が近づくはずだ。グーグルも日本での音楽サービス準備に入ったと言われているので、遅くとも秋ころには「役者」が揃って、日本で、音楽ストリーミングサービスを競い合うことになるだろう。
こんな状況になってくると、「そもそもストリーミングサービスが日本には普及するか?」と疑問を提示する人がいるようだけれど、どういう論点で考えているのだろう?
デジタル化、クラウド化、スマートフォン普及、ソーシャルメディア普及といった環境変化と、テクノロジーの進化による必然的な変化で広まっていることなので、日本だけが全然影響を受けないなんてことはあり得ない。もしかしたらその人は、5年位前に「mixiがあるからフェイスブックは日本では広まらないよ。」と言っていたのではないか?「日本人の文化には匿名性が合っていて、実名制は馴染まない」とまことしやかに語っている人がたくさんいた気がする。
今でも、フェイスブックをやらない友人はいるし、僕の両親もやっていないし、その人は今でもmixi愛好家なのかもしれないけれど、ビジネスを語るのなら、時代の大きな流れを俯瞰しないと意味が無い。
●日本ではパッケージへの好影響も期待できる。
ストリーミングが広まるとパッケージが無くなるということを信じている人も多いみたいだけれど、僕はむしろ逆でストリーミングはパッケージ売上にプラスに働くと思う。iTunes Storeなどからのダウンロードは激減するだろうし、日本にしかない業態のCDレンタル店は壊滅的になるだろう。
もうずいぶん前から、CDを買っている人の理由は、楽曲を聴くこと「だけ」が目的ではなくなっている。YouTubeや中国の違法サイトを検索すれば、聞けない楽曲はほとどん無いのが(残念ながら)現状だ。それでも、パッケージを買っている人の欲望は、アーティストとの関係性の証だったり、コレクションすることに喜びだったりがするはずだ。この欲望は、ストリーミングサービスで代替することはできない。
音楽ストリーミングサービス、CDレンタル業と置き換えられる役割で、ラジオの発展形と捉えるのが日本においては、もっとも自然な見方だ。
この話で思い出すのは、20世紀にラジオ放送が始まった時に、ラジオで曲が流れて無料で聞けるとレコードが売れなくなるとレコード会社が反対していたという話だ。実際は、レコード産業はラジオの発展とともに大きくなっていったという歴史が答えだ。CD店の全国網が健在なうちに、音楽とユーザーの接点を増やせるストリーミングサービスが広まることは、日本の音楽業界にとって幸運なことで、アナログレコードやDVDなど含めて、パッケージ売上にはプラスに働く、ストリーミングサービスからの分配分と合わせて、レコード業界全体の売上にはプラスに働くというのが、僕の持論だ。百歩譲ってそうならなくても、今のままだと落ちていくだけなんだから、何もしないよりは百倍良いでしょう?
そして、一番大切なのは、ユーザーの音楽体験が豊かになって、アーティスト側に収益が還元されること。そのために有益だから音楽ストリーミングサービスを僕は推しているのだと、改めてこのタイミングで確認しておきたい。
ところで、先月から始めたフジテレビpresents「デジタルエンタメワークショップ」はエンタメとITをテーマにした新刊『10人に小さな発見を与えれば、1000万人が動き出す。』と連携したトークイベント。7月のゲストはSpotify Japanの野本晶さんだ。オファーをしたのは随分前だから、こんなタイミングになっているのは、全くの偶然だけれど、7月21日に聞ける話は、めちゃくちゃ貴重かつタイムリーかもしれない。ネット中継などはやらないし、定員40人のクローズイベントだからオフレコ話をするつもりだ。質疑応答とネットワーキングの時間を長くとったイベントなので、音楽サービスの未来を知りたい人は、是非、足を運んで欲しい。
それから、昨年好評だったエンタメ系スタートアップ支援のアワード「START ME UP AWARDS」を今年もやることが決まった。デジタルコンテンツexpoの中でやれるので、注目度も上がると思う。日本でストリーミングサービスが広まることで、新しい音楽サービスの可能性は膨らむ。スマホになったことで、業界の障壁も溶けていっているので、音楽を絡めたいろんなサービスの可能性があるだろう。7月1日にキックオフイベントをやるので、興味のある人は遊びに来て欲しい。
日本の音楽の夜明けは近い(かもしれない)。
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