2015年12月19日土曜日

日本の音楽ビジネスを進化させる、JASRACの対抗軸、NexTone設立の期待

 9/28付のイーライセンスとJRCの経営統合から3ヶ月、早くも合併が発表された。期間の短さに関係者の熱意を感じる。


 著作権関連のニュースは、誤解されていることが多い。この件も報道を見ているだけだと、意義が理解しにくいと思うので、見解をまとめておきたい。僕は、3つの理由で強く支持したい。


1)JASRACへの明確な対抗軸が生まれて、健全な管理手数料競争が起きること


 著作権信託の分野で大切なのは、「確実な徴収とガラス張りの分配が、リーズナブルな手数料で行われること」だ。
  仲介業務法改正(著作権等管理事業法制定)で、著作権管理業務は、JASRACの独占ではなくなったけれど、実態としてはJASRAC取扱の比率が異常に高い状態が続いている。著作権は、支分権と呼ばれる区別に沿って定められている。利用方法ごとに著作権使用料や管理手数料が決められている。録音(CDとか)、インタラクティブ(配信等)は、他社の参入によって手数料競争が起きたけれど、他の分野はJASRACの寡占状態が続いている。

 放送については、NTTデータのフィンガープリント技術を活用して、全曲報告ができる仕組みができあがった。今年になってJRCが放送分野への進出を決めたのは、透明性が担保されたからだ。
左が阿南雅浩CEO、右がJ荒川祐二COO
 一方、演奏(コンサート、カラオケなど)については、まだJASRACの独占状態の改善のメドが経っていない。音楽プロデューサーという立場で問題視したいのは、26%という手数料が高すぎるからだ。
 しかも、某洋楽アーティストが日本でコンサートをした時に著作権料が安すぎると問題提起したことで、コンサートの著作権料はこの10年間で2倍近くにあがっている。当然下がると思っていあ管理手数料率がそのままというのはどう考えても不合理だ。
 JASRAC的な言い分としては、片田舎のカラオケスナックにまでスタッフを派遣して著作権料を徴収しているのですというロジックなのだろうが、だとしたら少なくとも、カラオケとコンサートは分けて管理することを可能にするべきだ。既に 通信カラオケは日本は第一興商とエクシングの二社に集約されている。店舗に関するカラオケ徴収についても、この通信カラオケの二社経由で徴収できる範囲だけで良しとする代わりに手数料が10%となるなら、多くの権利者がそちらを選ぶだろう。シンガーソングライター系の事務所にとっては、コンサートも自分たちがやっているので、自分のアーティストが自分の曲を歌ってコンサートした時の著作権使用料の26%JASRACにとられるという、めちゃくちゃ不合理な状況になっている。コンサートが重要になっている昨今、著作権を自己管理する大手事務所が出てきてもおかしくない。権利者側に選択肢がない今の状態は間違っている。
 NexToneは、演奏権については当面は管理せず、数年以内の管理を目指すとのこと。 一日も早く取り組んで、JASRACと競争して欲しい。この機会に全支分権での取扱を希望す
る。


2)デジタル・サービスに対してポジティブで対応力が高い著作権管理会社が生まれたこと


 僕にSpotifyの存在を最初に教えてくれたのは、JRC荒川社長だ。デジタル系の音楽関連サービスに対する高い見識の国際的な情報収集力を持っている。Spotify日本法人ができるずっと前に、テストアカウントを使って、僕にサービスを見せてくれた。YouTubeやニコニコ動画、USTREAM ASIAのローンチの時に、先駆的に動いて、IT事業者と音楽家のwin/winの絵を描くことに取り組んでくれている。僕がやっているセミナーにもゲスト講師をお願いしているけれど、「破壊者」的なスタンスではなく、幅広く目配りをして、既得権者と新規参入者の双方のメリットが考えられる人だ。彼が中心に立っていることのプラスはとても大きいと思う。
 海外輸出に関しても追い風だ。コンテンツ輸出とインバウンドが日本の国策になっている昨今、著作権についての改革は必須になっている。現在、海外で日本の楽曲が使用された場合の徴収方法は、JASRACが相互契約を結んでいる海外の管理団体経由で集めるか、日本の音楽出版社が国別に委託した音楽出版社(サブパブリッシャー)を使うかのどちらかになっているが、いずれの方法も既に時代遅れになりつつある。
 AppleSpotifyGoogleといった音楽配信がグローバスサービスになっているのに、著作権徴収方法が内国型(ドメスティック)なのが有効なはずがない。プラットフォーム事業者としっかり向き合うグローバルエージェントが活躍している時代に、日本はどうすべきかを真剣に考えるタイミングなのだ。日本の音楽が世界にどうやってビジネスしていくかを国策として取り組むべき時代にNexToneが、グローバルエージェントと提携するのか、対抗するのか方針はわからないけれど、期待感は持てる。できれば、パワーゲームが始まりつつある海外の著作権管理会社を買収するくらいの攻めの姿勢を持って欲しい。


3)旧イーライセンス経営陣の「正義の味方」路線が明確に修正されること


 見逃せないのが、旧イーライセンスの経営方針が明確に否定、修正されるだろうということ。個人的にはこれも重要と思っている。これまでのイーライセンスは、JASRACを仮想敵に見立てて、メディア的に「正義の味方」を装って、訴訟を含む乱暴な方法で著作権管理の仕組みを変えようとしていた。基本的な認識が違うとは思わないけれど、手法については、全く間違っていたと思うし、日本のメディア業界、音楽業界にとっては、マイナスの方が圧倒的に大きかった。このことは、以前もコラムに書いたので、ここでは繰り返さない。興味のある人は、これを読んで欲しい。


 旧イーライセンスは、正義の味方キャラを打ち出す一方で、ボリュームディスカウントなどで著作権使用料を割引する行為をJASRAC以上に行っていて、音楽家の権利を真摯に守っているようには到底見えなかった。そのためか近年は、明らかに戦略的に行き詰まっていたと思う。今回の合併でこれまでのような無為な訴訟が行われることはなくなるだろうから明らかにプラスだ。
 今だから正直に言うと、イーライセンスの経営が立ちゆかなくなって、信託している音楽家の作品が宙に浮くようなことになるのではないかと密かに心配していた。そういう事態もこの合併で回避できる。ほっとしたというのが正直な気持ちだ。

 現在の著作権徴収額全体でいえば、まだ1割以下の存在だけれど、NexToneに期待される役割はとても大きい。業界内政治みたいな色眼鏡な見方はあまりしたくないけれど、エイベックスと日本音楽制作者連盟加盟の大手音楽事務所が手を組んだ意味は大きい。この20年間のヒット曲を生み出したプロデューサーの多くがそこに集結しているからだ。経営統合のニュースについて、フジテレビのネット番組「ホウドウキョク」で速水健朗さんの電話出演に答えたように、今回のエイベックスの動きは、「音楽業界はこうあるべき」という思想的な行動に見える。普段のエイベクスは、機を見て敏に、自社の収益メリットを最大化しようとする、いわば「暴れん坊」な会社だけれど、時折、思想的行動をする。著作権管理業務というのは、とても大切だけれど、縁の下の力持ち的な地味な分野だ。戦略に行き詰まったイーライセンスを救済し、JRCと組んだ今回の判断は、日本の音楽業界にプラスな、ちょっとおおげさに言えば国益に資する英断だと思っている。

 音楽ビジネスは、世界的にみて生態系の再構築が必要になっている。デジタル化という観点では、4〜5年遅れてしまっている日本だけれど、潜在力はある。NexToneの設立が、新しい音楽ビジネスの潮流を後押しする契機になることを期待したい。

 拙著『新時代ミュージックビジネス最終講義』でも明確に指摘したけれど、レコード産業を中心とした従来のノウハウは、既に陳腐化している。
 出版記念イベントとして始めた無料の対談イベント「ニューミドルマンリレートーク」Vol.4のゲストはハウリング・ブルの小杉茂さんだ。彼は、音制連の理事時代の友人だ。Hi-STANDARDなどを輩出した名マネージャーで、多くの人に愛される人柄が知られているけれど、実は鋭い視点をもった論客だ。「デジタルになったら著作権分配はウエブマネーでやらないとダメ」とか「弁護士資格も会計資格も持っていないのに、俺達はマネージャーなんていつまで言ってられるかな?」と発言していて、目からうろこが落ちたし、大きな刺激を受けた。
 実際、彼は心理学トレーナー資格を持って、新しいマネージャー像を作り始めている。音楽ビジネスの近未来に興味のある人は、遊びに来て欲しい。

2015年9月12日土曜日

クリエイターが主役の時代がやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!

 初の試みである「クリエイターズキャンプ真鶴」まであと2週間となった。「コーライティングワークショップ」用の資料をまとめるために4月に出版した『コーライティングの教科書』を読み返していたら、自分のコラムが我ながらよく書けているなと思って、ブログに載せたくなった。
ということで、P40のコラムの再掲です。

 孤独からの解法


コーライティングのメリットはたくさんある。得意なスキルを活かせる、効率よくクオリティの高いデモがつくれる、他人と一緒に作ることで化学反応が期待できる、どれも真実だけれど、僕が一番、意義を感じるのは、「孤独からの解放」だ。
 DTMが広まったことには功罪両面あるけれど、最大のマイナスは、音楽の作業が孤独になったことでは無いか?本来、音楽というのは、人と一緒に創るもので、そこに喜びがある。
 コーライティングは、バンドをやるように、楽しく、他人とコミュニケーションしながら、音楽をつくる作業だ。パソコンの世界の中に閉じ込められてしまった、音楽をつくる喜びを大げさに言うと「人間性の復権」だと思っている。

 プロ作曲家育成のセミナー「山口ゼミ」を始める時に、伊藤涼と僕が、テーマとして掲げたのは、「コンペに勝つ」と「コーライティングを日本に広める」の二つだった。
 音楽プロデューサーとしての僕は、大型コンペという方法論はあまり好きでは無い。本気で良い作品をつくろうと思うなら、適したクリエイターと膝詰めをして話し合い、何度も何度もやり直しながら「正解」を探していくというやり方が、クリエイティブとしては正しいと思うし、少なくとも僕の肌にはあっている。ただ、現実には、大きなプロジェクトになればなるほど、膨大な数のデモを集めて、そこから選ぶとやり方になってしまっている。プロの作曲家はこれに勝たなければやっていけない。  
 また、見方を変えれば、大型コンペは、駆け出しの新人が、キャリアのある作曲家と同じ土俵で戦うことができるチャンスだと捉えることもできる。大型コンペで勝つのは宝くじに当たるくらいの確率なのは事実だから、コンスタントの高いクオリティのデモをつくり続ける状態をつくらないとプロの作曲家としてはやっていけない。
 そんなコンペに対抗する方法としてもコーライティングは有効だ。選ぶ側は効率を良くしたいので、そのままアレンジも使えるようなクオリティの高いデモをたくさん集めてふるいにかけようとしている。「敵」がそうくるなら、対策として、こちらも効率的にたくさんのデモを作り続けなければ戦えない。仲間たちと創る喜びを感じながら、高いクオリティのデモを作り続けるというのが、今の時代にプロの作曲家が生き抜く知恵として必須だと思う。
 

 日本の作曲家が秘めているポテンシャル


もう少し俯瞰して見よう。
 これから世界の一流国であり続けるためには、日本に蓄積されたソフト力を活用することが必須だ。日本の未来が明るいかどうかは、クリエイターが活躍できるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。
 「クールジャパン」の掛け声のもと、コンテンツ輸出に取り組みたいところだけれど、残念ながら日本の音楽プロデューサーでグローバルなヒット作品をつくるノウハウを持っている人はほとんど居ない。映画やドラマも同じだと思うけれど、ビジネスモデルやメディア構造が、閉じた国内市場向けになっていたから、挑戦する機会も少なかった。音楽プロデューサーとして、これから挑戦しようと僕自身は思っているけれど、簡単では無い。
 それに比べて、日本の作曲家やサウンドプロデューサーのクリエイティビティは、世界で成功するポテンシャルを秘めている。「ヒロイズムは音楽界の野茂英雄になる」と僕が予言しているのは、日本の作曲家の置かれている状況が、20年前のプロ野球選手と似ていると思っているからだ。野茂投手が1995年に渡米するまで、日本の野球選手が大リーグで活躍できると思っている人はごく少数だった。以前に村上雅則という変則型の左腕投手が通用したのは特殊例と思われていたし、他には、沢村投手のドロップが日米野球で大リーガをきりきり舞いさせたという、古い伝承のような話しか無かった。
 野茂英雄が、トルネード投法でアメリカを席巻したことで流れは変わった。イチローが、松井秀喜が大活躍し、日本で一流の選手は、大リークでも第一線で活躍できることがわかった。日本の野球の底辺の広さと歴史の長さ。ガラパゴス的と思われた日本型の野球は、やり方は違っても、レベル的には大リーグに遜色無いことを大リーグ球団も知って、ダルビッシュや田中将大は、若くして高額の契約金を得て太平洋を渡り、チームの主軸として活躍している。
 日本の音楽家もすごく似た状況にある。坂本九『上を向いて歩こう』が「SUKIYAKI」という曲名でビルボード一位になったのは1963年だ。沢村伝説のように遠くて、今のJポップと結びつけては考えづらい。けれど、日本独自の進化を遂げたJポップは、日本人だけに通用するローカルな手法に見えて、実は世界水準を超えている。勇気を持って取り組めば、日本のクリエイターが活躍する可能性は大きい。
 もう工業製品を安く作って世界で勝つことができなくなった日本は、日本人クリエイターの能力を輸出していくことに尽力するべきだ。クリエイターを活用することに日本の未来がかかっていると僕は本気で思っている。

 そんな思いで、2015年から「クリエイターズキャンプ」という企画を始める。音楽を中心にクリエイターが海外からも集まって、日本で出逢い、作品を創るというクリエイター
が主役のフェスティバルにしたい。協力してくれる自治体も出てきた。初年度は、音楽家が必ずチームに加わっているハッカソン「ミュージシャンズハッカソン」と、「コーライティングキャンプ」と、作曲家志望者向けの「作曲セミナー&ワークショップ」の3本立てで始める。将来的にはシンガー、ダンサーはもちろんのこと、映像作家、写真家、デザイナーとオールジャンルのクリエイターが参加できるように広げていきたい。
 プログラマーと音楽家が2日間で新たなサービスやプロダクトをつくる「ミュージシャンズハッカソン」は2014年にやったけれど、素晴らしかった。一定の期間の中で、出会った人たちが新しいアイデアを形にする時に出てくるエネルギーとその時の「場の力」は、魅力的だ。

 コーライティングは、コンピューターに支配されたようにも見える作曲の「人間性の復権」であると同時に、新たなエネルギーを生む魔法のような方法だ。バンドの演奏が化学反応的に上手く行った時に「バンド・マジック」という言葉があるけれど、「コーライティング・マジック」も、間違いなく存在する。
 世界で通用するJポップを作るために、コーライティングを広めていきたい日本人クリエイターの能力をグローバルに向けて最大限活用することが、プロデューサー山口哲一のライフワークになるはずだ。

ということで、9月26日から28日は海外作家も含むプロ作曲家51人による
コーライティングセッションが真鶴町で行われる。27日に一般向けに行なうコーライティングワークショップは間もなく締切だ。28日の最終日にコーライティングの試聴会〜ミュージシャンズハッカソン発表会〜ネットワーキングパーティに参加できるオーディエンス券は絶賛発売中だ。興味のある人は、品川から東海道線で1時間半の神奈川県真鶴町まで来て欲しい。大いなる刺激を受けることは僕が保証するよ。

●最先端の作曲法コーライティングを学ぶ CO-WRITING WORKSHOP 日帰りキャンプ

●CREATORS CAMP MANAZURU PRODUCT LAUNCH PARTY 

2015年7月16日木曜日

もう一度だけ、ストリーミングサービスとお金の話。〜クローズアップ現代「あなたは音楽をどう愛す?」を観て


 音楽シーンや音楽ビジネスにメディアの関心が向いてくれるのは大切なことなので、依頼があればできる限りの協力はすることにしている。今回も、NHKのディレクターとお会いして、アドバイスはさせてもらったし、番組にも登場したITジャーナリストの本田雅一さんともメッセージで意見交換した。佐野元春さんをご紹介したり、ユニバーサルの加茂啓太郎さんを推薦したのも僕だ。
 放送を観た感想としては、ともかくピーター・バラカンさんのバランス感覚と音楽への愛情が素晴らしくて、良い番組になっていたと思う。協力してよかったなと思った。

 ところが、番組で紹介された、CD単価とダウンロード単価とストリーミング再生の一回あたりの金額の比較グラフが、ネットで一人歩きをはじめていて、とても良くないことだなと思っている。
 番組では、この比較自体の問題点をピーター・バラカンさんが、否定する発言をしていてバランスが取れているのだけれど、このグラフだけがひとり歩きして、「ストリーミングはアーティストへの還元が少ない」という認識が広がるのはあまりにも不正確なことだ。
 この表の出典になっているのは、MUSICMAN-NETの榎本幹朗さんの連載だ。あのコラムは超力作で、海外の音楽配信事情を日本の音楽関係者に知らせるという意味では、とても功績がある。ただ「音楽サービスごとの1再生の金額試算は、不正確な上にミスリードにつながる、折角の労作に傷になるから止めたほうが良い」と、榎本さんに直接メッセージして、何度か忠告したのだけれど聞き入れなれなかったようだ。音楽業界の方ではないので、ビジネス感覚が無いのは仕方ないことなのだけれど、誤解を呼ぶ危険がある「榎本試算」が、今回のような事態になっていて、とても残念だ。

 そもそも、ストリーミングサービスの1再生あたりの金額というのは、毎月変わる。ユーザーからの使用料+広告などの収入を、全再生回数で割るという計算式だ。

 この話のポイントは、再生回数が多いということは、ユーザーから愛用されたということで、ストリーミングサービスの効用の一つである「ユーザーの生活の中で音楽の存在感を高める」ということができているということになる。総再生回数が多いことは、音楽業界にとってもおおまかに言うと嬉しい事なのだ。何が言いたいかというと、同じ有料会員数の時に一再生回数の単価が低いことは、良いことだという解釈が成り立つということ。この試算は、CDやダウンロードよりストリーミングは安い=音楽の価値が下がるという意図で使われることが多いが、実際は逆だ。
 ここで引き合いに出すのは申し訳ないけれど、docomoの「dヒッツ」は、一再生あたりの単価は高いだろう、だってユーザーにあまり聴かれてないのだから。同じ売上だったとして、ユーザーがたくさん音楽を聞いてくれることは、良いことだという感覚が、この話からはすっぽり抜け落ちている。音楽の価値を下げているのは、こういう数字を元に音楽サービスを判断する人たちだと僕は思っている。

 そもそも「ストリーミングになるとアーティストに入るお金が減る」というのは、間違いだ。少なくとも、非常に不正確な表現だ。
 ビジネスの本質的な視点で、意味のある数字は2つだ。「ユーザーの支払額における、アーティスト側への還元率」と「全体の総額」。それ以外は、KPIとしてあまり意味が無い。1再生がいくらになっているかなんて、野次馬的な興味でしか無い。購入したCDDLした音源の再生回数は調べられないのだから、そもそも比較対象が存在しないのだ。

 ストリーミングサービスは、アーティスト側に50%60%の原盤使用料を払うと言われている。著作権使用料は国によって使用料が違うけれど、欧米でのデファクトは10-12%、日本では、現状のJASRAC規程は3.5%と安いので料率を協議中だそうだ。(※ご指摘をいただいたので著作権使用料の部分の表現を訂正しました)
 この計算で言うと、CDの売上からアーティスト側に還元されるのは1220%前後が相場だから(アーティスト印税+原盤印税など)、むしろ「ストリーミングサービスはアーティストへの還元率が高い」とも言えるのだ

 僕は基本的には、パッケージとストリーミングサービスは、補完的な関係で、ビジネススキームはハイブリッドに捉えるべきだと思っているけれど、敢えてやってみよう。
 例えばこんなことだろう。

CD3000×20%(印税率)×1億枚(出荷枚数)600億円

ストリーミング:1000×12ヶ月×60%(原盤印税率830万人(有料会員数)597億円

 2014年のCDアルバムの生産枚数は約11490万枚だ。年間1億枚のアルバムが売れた時に、アーティスト側に分配される金額(原盤+アーティスト印税を20%にしてみた)を掛けると約600億円となる。(生産枚数と出荷枚数の違いとか返品控除は?とか、ストリ
ーミングについてもiPhoneアプリの場合のアップル手数料分は?とか、やりだすと色々あるけど、あくまでざっくりね。)


 この金額をストリーミングサービスで賄うとすると、月額1000円払うユーザーが830万人いると、近い数字になる。十分に達成可能な数字ではないだろうか?(ちなみに、LINE MUSICの目標獲得ユーザー数は2000万人らしい。是非、達成して欲しい。)

 比較試算をやるのなら、こんな感じというのは理解してもらえるだろうか?

 ちなみに、2014年のダウンロード配信の売り上げは約300億円で、同じ原盤印税率を掛けると、180億円になる。
出典:音楽主義

 原盤印税は、レコード会社や事務所も含んで、おおまかに言うと、レコーディングの費用を出した人が受け取る取り分なので、そこを「アーティスト側」と捉えるのは異論がある人もいるかもしれない。
 また、この試算は原盤印税にフォーカスしていて、CDについては、レコード会社の宣伝費や製造費、管理費などが設定されていて、配信だけになるとしなきゃいけない補足説明がたくさんあるけど、少なくとも、1再生が1円以下のストリーミングと3000円のCDみたいなむちゃくちゃな比較よりは、だいぶ意味がある試算になっているはずだ。

 一応、CDとストリーミング配信の分配の円グラフの形も出しておくね。CDの割合については、日本音楽制作者連盟が発行しているフリーペーパー「音楽主義」から。「音楽主義」はリアルな情報がわかるし、ネットにバックナンバーも公開されているので、興味のある人はどうぞ。

 さて、では、ストリーミングはアーティスト側の取り分が少なくないのに、何故、レコード会社や、欧米の大物アーティストが反対するのか?これは、ビジネスの仕組みが変わることへの抵抗感だ。忌避感と言ったほうが近いかもしれない。
 誤解にもとづいている場合も少なくないが、レコード会社が躊躇しているのは、音楽ビジネスの仕組みが変わって、自分たちの存在感が下がると思っているからだろう。LINE MUSICにソニーミュージックが主導的に関わったのは、業界の主役じゃなくなるという危機感からだろうし、エイベックスにユニバーサルも加わった構図はガラケー向けの着うたで成功した「レコチョクの夢よ再び」を思っているようにも見える。いずれにしても、LINE MUSICには、本当に頑張って欲しい。失敗が許されない座組みでの事業になっているのだから。
 ともかく一番大事なのは、ユーザー視点のサービスであることだ。供給者の論理を捨てて、謙虚にユーザーの声に耳を傾ければ、活路は見えてくるはずだ。
 
 ストリーミングサービスの問題点は、新作と旧カタログのバランスの変化と、それに伴う投資と回収のシステムの変化だ。ストリーミングサービスは、様々な曲が聞かれるので、いわゆるロングテールが長くて、分配される曲の数が大幅に増えるというデータが出ている。
 レコード会社の立場だと、ベスト盤やコンピレーション盤をつくって、宣伝しなくても、ユーザーが勝手にプレイリストで宣伝してくれるという側面もある。実際、Spotifyの中で、各レーベルがプレイリストをつくったり、Spotify向けアプリを作って、楽曲再生促進の施策をやるのが当たり前になっている。
 名作の旧譜の権利を持っている会社にとっては、収入機会が増えていくだろう。

 ただ、投資と回収のスパンが変わるという問題はある。以前は、新人アーティストにしても新曲にしても、ヒットが出れば、短期間で回収できた。仮に、楽曲からの売上金額が同じ規模だとしたら、同じくらいの普及度合い、ヒットした曲の、新作の回収までのスパンは以前より長くなることになる。単純に新曲でドカンと儲けるという考え方が以前より難しくなる側面はある。本当は映画プロデューサーの「ウィンドー戦略」のように、一つのアルバムの収益最大化を図るべきなのだけれど、いかんせん経験が無い。
 レコード会社にとっては、その分、旧譜が稼いでくれる側面もあるのだけれど、問題は、旧譜の収益が良くなっても新しいアーティスト開発に回す余裕や気持ちがレコード会社に無くなっていることだ。

 アメリカではこの空白は、クラウドファンディングが埋めている。メジャーレーベルとの契約が無くなった女性アーティストAmanda Palmerが、1億円以上の資金を集めて注目されたのはもう3年前になる。KicksterterIndie gogoなどで、インディーズのアーティストが1000万円位のお金を集めることは日常的に行われている。

 残念ながら日本の音楽シーンでは、クラウドファンディングは、まだほとんど機能していない。僕もいくつかのプロジェクトでチャレンジした経験があるけれど、100万円以上集めるのは結構大変だった。アメリカと比較してウエブマネーが広まっていないので、少額課金参加者の幅が狭くて、ダイナミズムが生れない。自分のファンをクラウドファンディングサービスに誘導するという構図になると手数料がバカバカしい。プロのマネージャーやプロデューサーなら、その程度の金額なら自腹でやれるし、少なくなったとはいえ残っているレコード会社や音楽出版社の新人開発費を調達したほうが楽だし、早い。今、クラウドファンディングに出てくる音楽関係は、すごくニッチな企画か、アマチュアのプロジェクトになっている理由だ。
 新しいアーティストに関心がある音楽ユーザーが集まるクラウドファンディング的なサービスが定着するのが、今の日本の音楽にとって、めちゃくちゃ必要だ。僕に果たせる役割があれば、なんでもやりたいと思っている。
 
 さて、日本はパッケージ市場が健在なので、ストリーミングとの相乗効果が期待できるということは何度も書いてきた。今、日本でCDを買っているユーザーで、「曲を聴くためだけ」にCDを買っている人はどのくらいいるだろうか?コレクションとしての喜び、アーティストとの関係性の証、応援したいという気持ち。コンサートなどでの記念品としての役割。いずれもストリーミングサービスでは代替できない喜びだ。ストリーミングは音楽専門メディアの進化系、メディアにしてはアーティスト側に還元率は高い、という解釈が、これからのアーティストやスタッフにとっては一番リアルな捉え方だ。

 大切なのは、テクノロジーを活用して、アーティストとユーザーのコミュニケーションを活性化していくことだし、マネタイズの場面を増やしていくことだ。ストリーミングが是か非かみたいな、低レベルの議論は今回のブログ終わりにさせて欲しい。もう「次のこと」を考えたいし、話し合いたい。
 ストリーミングは時代の変化の必然だし、音楽にとってはツールの一つでしか無い。効果的に活用する以外の結論は無いよ。

 最後に告知。来週行うトークイベント。たまたまタイムリーなタイミングなゲストになったSpotfiy Japan野本晶さん。言えないこともたくさんありそうだけれど、ウラ話も聞きつつ、未来志向の話をしたい。ストリーミングという新しいツールの使い途の質疑応答とかも長めにとって、議論を深めるので、時間のある人は来て欲しい。

【日 時】7月26日(日) 18:00-20:30 (20:00以降:ネットワーキングタイム)
【会 場】シダックスホール (7階 Fホール)

2015年7月14日火曜日

クリエイターが主役の時代がやってくる。クリエイターズキャンプ真鶴やります。

 今年もやっと「デジタルコンテンツ白書2015」の原稿を書き上げた。様々なデータを見て、時代の流れを確認して、「白書」だから客観性を担保して、バランスを取りながら書く作業は骨が折れる。今回は、ニューミドルマン養成講座の受講生有志がアイデア出しなどで手伝ってくれたので、去年よりだいぶ楽になった。署名も「山口哲一+ニューミドルマン研究会」になっている。

 改めて思ったのは、レコード業界が音楽ビジネスの主軸だった時代は本当に終わったんだなということ。音楽業界で普通に仕事している人なら誰でも10年くらい前からは予想できたことだけれど、2014年に、コンサート入場料収入がCD売上を上回ったというのは象徴的な出来事だ。
 新しい才能を育てるのには、エネルギーも時間も必要なのだけれど、以前は、その「バッファー」はレコード会社が持ってくれていた。メジャーデビューの契約は3年間でアルバム3枚が普通だったし、アーティストマネージメントに専属契約料やアーティスト育成費、事務所援助金などいう名目の予算があった。丸山茂雄さんが社長の頃のEPIC/SONY5年契約が基本で、見込んだアーティストは必ず売ると言われていたのは、本当に遠い昔のことだ。レコード会社は自社を維持するのが精一杯で、新しいアーティストを育成する余裕は無くなってしまっている。

 では、日本の音楽がダメになっているかというとそんなことは全然無い。他国に比べれれば音楽市場は健在だし、Jポップは海外にもたくさんのファンが居る。ビジネススキームを組み直せば、大いに有望だと思っている。
 コンテンツ輸出を観光という今の日本の国策のために、音楽業界が貢献できることは多いと思う。

 そんな中で、改めて軸として大切なのは、30代、40代のサウンドプロデューサーと言われる人たちだ。彼らが実際には音楽を作ってきている。レコード会社に余裕があった時代に恩恵も受けていた世代だ。

 ELT、浜崎あゆみ、木山裕策Home」等、数々のヒット曲を産みだした多胡邦夫さんは、地元高崎市と協力してTAGOSTUDIO」という素晴らしいスタジオをプロデュースした。日本にプロフェッショナルスタジオが新たに作られるなんて、10年以上無かったと思う。高崎は、BUCK-TICKBOØWYを産んだロックの町で、新しいアーティストの育成に貢献したいのだそうだ。地元にUターンして住んでいて、「山口ゼミ」のゲスト講師を年に2回位頼んでいるのだけれど、高崎から車で駆けつけてくれる。
 僕も次にバンドのプロデュースをする時は、高崎のTAGO STUDIOを制作拠点にさせてもらうつもりだ。思いのある人が作ったスタジオでレコーディングすると、バンドマジックが起きる確率が高まるものだということを経験則的に知っているから。
 
 最近、こんなニュースも見た。元JUDY AND MARYTAKUYAさんが、福岡にスタジオを作って生活拠点にするというのだ。

 あれ?TAKUYAさんも博多出身だっけと思って、ググったら京都出身だった。アジア視点で見た時の福岡の地政学的位置、行政のIT導入やベンチャー支援の施策などが理由だとしたら慧眼だ。

 クリエイティブ力が高くて、ビジネス構造も理解している彼らが、音楽業界の未来に危機感を持って、後進の育成や環境改善に目を向けてくれているのだとしたら、当然とも思うけれど、とても嬉しい。

 彼らと同じ志かどうかは話してみないとわからないけれど、僕が取り組む音楽業界の「環境改善施策」は「クリエイターズキャンプ真鶴」だ。

 日本の音楽業界が不況とかオワコンとか言われる理由は、実は一言で説明できる。他業種では当たり前の「デジタルファースト」をやらないから、だ。何故できないかは、何度か書いてきているので、本稿では割愛するけれど、内側からの改革だけには限界を感じて、音楽業界外との連携に、ここ数年の僕のエネルギーは注いでいる。

 STARTME UP AWARDSは、既存のメディアコンテンツ業界、権利者団体などと、若い起業家、スタートアップの出会いの場を作り、支援していくために去年始めた。今年は、デジタルコンテンツ協会の後援をいただいて、経済産業省主催のデジタルコンテンツEXPOの一環としてやらせらもらえることになった。(エントリー受付中なので、エンタメ感のある起業志望者は、是非応募してください。)

 昨年行った第一回のSTART ME UP AWARDSの時に併催した、「ミュージシャンズハッカソン」を発展させたのが、今回の「クリエイターズキャンプ真鶴」だ。


 音楽をテーマにしたハッカソンは、日本でもいくつかあったけれど、プロの音楽家が参加したという例は聞いたことがなかった。正直、イマイチ、イケてないという印象を持っていた。同じことを浅田祐介さんが感じていて、サウンドプロデューサーたちを巻き込んだハッカソンをやれば、音楽シーンにも刺激を与えられるし、ハッカソンとしても成功するのではないかということになった。結果は、期待以上だった。
 浅田祐介曰く「最近、あんなに目を輝かして音楽をつくること無いんじゃない?」、プログラマーやデザイナーとミュージシャンが、喧々諤々、和気あいあい、ものすごい高い熱量の場で、面白いものはたくさん出来た。


 昨年最優秀賞だった「MUSIC DJ」は、身体の動きに合わせて、曲が変わるという仕組みだけれど、今年の神戸ビエンナーレの入賞作品となった。9月から展示されるそうなので、観に行きたいと思っている。

 Jポップの隆盛を担ってきた日本のサウンドプロデューサーたちのクリエイティビティと人間力の高さは知っていたつもりだったけれど、こういうことを続けていけば、何かとんでもなく面白いことが起きるなと確信した。

 そもそも、製造業では優位性を持ちにくくなっている日本が国際社会の競争で戦う時
に、残されている強みは、クリエイティビティではないだろうか?
 日本人クリエイターは貴重な資源だという認識をもっと日本は持つべきだ。近年のビジネストレンドをリードしていSXSWの今年のテーマは「ダイバーシティ(多様性)」だった。それが本当ならますます日本人にはチャンスがある。宗教的な禁忌も少なく、融通無碍に創作するのは日本人の得意とする分野だ。

 「クリエイターズキャンプ真鶴」は、地元の起業家たちと町役場が強力にバックアップしてもらってやる。海と森と昭和を想いださせる町並みがある美しい町だ。(ソトコト8月号の表紙になっているので本屋に行ったら見てみてください。)

 ハッカソンと同時に、「コーライティング・セッション」もやる。3人一組で2日間で0から曲をつくって、日本人アーティストにプレゼンする。海外の作曲家にも各国大使館経由で声を掛けた。まだ発表はできないけれど、びっくりするような大物音楽家が参加したいと言ってくれている。日本に興味のある音楽家は多いようだ。

 真鶴町岩海岸にある民宿を全部借りきって、泊まり込みでつくるというやり方にした。畳とちゃぶ台のある部屋で、どんな名曲が産み出されるか楽しみだ。

 この2つは実績のあるプロ向けだけれど、閉じたプロジェクトにはしたくないので、一般向けのコーライティング・ワークショプ(日帰りキャンプ)もやるし、最終日9/27()の、コーライティング試聴会〜ハッカソン発表会〜アフターパーティに参加できる「オーディエンス券」というのも発売する予定だ。
 興味のある人は、是非、参加して欲しい。

 毎年、恒例のイベントにして、音楽を中心にオールジャンルのクリエイターが集まり、創り、出逢う、クリエイターが主役のフェスティバルとして続けていきたい。来年からは、映像クリエイターや写真家、振付家なども参加してもらえるようにしていくつもりだ。
 「クリエイターズキャンプ真鶴」は、シルバーウィーク明けの9月最後の週末だ。今から本当に楽しみにしている。
 
※「ミュージシャンズハッカソン」や「コーライティング・セッション」は、プロの音楽家を対象に招待制でやっているので、公募は行っていません。興味がある方は、フェイスブックなどを使って、僕に連絡ください!
●クリエイターズキャンプ真鶴公式ページ