2016年1月2日土曜日

今、日本でプロの音楽家になるということ。そして、CWFが目指すこと

 長らく音楽事務所社長をやっているので、20年以上、若いミュージジャン志望者と会うことが仕事の一部になっている。最近は、僕の活動エリアが広がって、Tech系やスタートアップに近い人と話す機会が多くなってきたせいもあるだろうけれど、ミュージシャンとしての成功に夢を持つ人が減ったという残念な実感がある。「音楽では食っていけないかもしれないけれど、好きなからやりたい」という音楽家志望者も少なくない。同時に、相反的に感じることは、「音楽の力って強いなあ」ということ。僕が会う起業家やIT関係者は多少、バイアスがかかっているだろうけれど、音楽へのリスペクトや、音楽がユーザーに与える影響力への評価はとても高い人が多い。
 これは日本だけではなくて、Twitterの2007年のブレイク以来、テクノロジーとスタートアップのイベントみたいに思われているSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)も、行ってみればわかるけれど、音楽へのリスペクトが街中に溢れている。世界一ヒップなカンファレンスのど真ん中には音楽が存在していると感じられるのは嬉しい。
 
 音楽家に夢が持ちづらくなっているのは、誤解もある。一例を挙げるなら、JASRACの著作権使用料は減っていないというデータ。作詞作曲家に支払われる印税は、2015年も微増だった。これまではレコード会社が音楽ビジネス生態系の中心にいて、そこの仕組みがヘタっているから、音楽は儲からないという印象を呼んでいるのだと思う。
クリエイターズキャンプ真鶴の打上げ

 起業して株式公開すれば、大きなお金が手に入る。社会を変えるイノベーションを提供するのは素晴らしいことだ。そこに夢を持って頑張る日本人ももっと増えてほしいけれど、音楽家には事業家では手に入らない快感がある。自分が作った楽曲を沢山の人が歌ってくれる喜び。スタジアムで数万人の合唱と拍手。音楽で成功することは、お金と名声とカタルシスを同時に手に入れられる稀有な方法なのだ。ついでに言うと異性にもモテるよ。

「野心的で才能のある若者がプロの音楽家を目指して欲しい。」
 僕が、プロ作曲家育成を掲げて、2013年に「山口ゼミ」を始めた理由はそれに尽きる。「山口ゼミを続けている理由」は1年前にこのブログに書いたので、興味のある人は読んで欲しい。ここでは繰り返さない。
 「山口ゼミ」は2ヶ月+6ヶ月の約8ヶ月で修了するシステムになっているのだけれど、修了時に、プロで通用すると判断された作曲家だけが入会できるCoWritingFarm(CWF)という集団がある。入会資格者はその都度、僕と副塾長の伊藤涼さ
んと二人で話し合って決めている。

 2016年1月現在で会員は67人。これだけの人数の作曲家が集まっている集団は世界でも珍しいだろう。しかも、ただ登録されているということではなく、一つのコミュニティとして機能している。DTMの普及で作曲が孤独な作業になったからだろうか、山口ゼミ受講生同士のコミュニケーションは濃密だ。マネージャー体質の僕は、ゲスト講師がいれば必ず打上げ、イベントやれば飲み会付とやるので、そういうことも関係しているのかもしれない。昨年末の「山口ゼミ望年会」は12月23日の祝日という日程にも関わらず、80人以上の受講経験者が集まっていた。

 いわゆる「作家事務所」がコンペ情報とデモテープを右から左に(メールで)やりとりするだけで、バカ高いエージェントフィーを取っていることを知って、業界慣習をしっかり教えた山口ゼミ修了生には「作家事務所に入らなくてもコンペに参加できるようにする」というのも目的の一つだった。もちろん作家事務所の存在を否定しているわけではない、良い出会いがあれば事務所に入って欲しいし、CWFは専属契約的な拘束は一切しないので、メンバーのままで問題ない。実際、何人かのメンバーは僕らが紹介して事務所所属している。
 
 ただ、CWFの本質はコンペ情報を得るかどうかではない。3年前に「山口ゼミ」を始めるときに、伊藤涼と決めたテーマは2つ。
 「コンペに勝つ」「コーライティングのメッカにする」だ。この2つには因果関係もある。昨今の大型コンペで求められるデモクオリティは高く、歌だけ録り直したらすぐリリースできるようなデモじゃないと選ばれなくなっている。一人で全部をやって、年間数十曲を作り続けるのは困難だ。駆け出しの作曲家は年間100曲作るのはマストだし、これまでの作曲家は必ず通っている道だけれど、これを一人でやると煮詰まるし、物理的にも至難の業だ。コーライティングはコミュニケーションを取りながら創作するので、失敗もあるけれど、自家中毒は避けられる。得意な分野を活かした、高いクオリティのデモ量産も可能だ。CWFメンバーは、コーライティングを行なうときのマインドセットとスキルを持っているのは最低条件なので、外部の作家とも一緒に作れるし、実際、海外の作家を含めて、たくさんのコーライティングをやるように既になっている。

 昨年9月のクリエイターズキャンプ真鶴では、3人×17組=51人という大規模なコーライティングキャンプを行った。30時間で初めて会った人と0からデモを完成させるという場は、クリエイターにとって刺激的だ。僕が嬉しかったのは、20人以上参加した、第一線のゲスト作曲家とCWFメンバーが遜色なかったことだ。まだ実績の乏しいメンバーもいるけれど、コーライティングにおいての経験では引けをとらない。

 去年の4月に『コーライティングの教科書』(リットーミュージック)を出版して、2016年は日本での「コーライティング元年」になるのでは無いかと期待している。「コーライティングって共作でしょ?これまでと何が違うの?」と思う人は拙著を読んでみて欲しい。
 元旦のブログでも触れたけれど、日本の音楽制作の現場が変わるという予感がある。その時にコーライティングというムーブメントとクリエイターのマインドが肝になると思っている。音楽制作における、レコード会社のイニシアティブのあり方が変わって、クリエイターが作品作りに、今まで以上に中心になるようになるからだ。欧米型に近づくと言えるかもしれない。クリエイター側でアイデアを出し合って、アーティストに対して新たな作品を「提案」する。楽曲の完成度はどこまでも高く、A&Rやマネージャーはその「提案」からチョイスするだけでOK。自作自演のバンドやシンガーソングライター以外のプロジェクトでは、そんな制作スタイルが主流になっていく。
 ワンハーフ(イントロ+ABメロ+サビ+エンディング)でプレゼンするという日本の習慣も減って、フルサイズでのデモ制作が増えていくかもしれない。
 コーライティングによる作品提案⇒レーベルA&Rやアーティストマネージメントによるセレクション⇒ボーカル録音⇒プロフェッショナルエンジニアによるミックス⇒作品リリース
 という流れの音楽制作が増えていくだろう。

 もちろんこの「提案」型デモを一人で作れる音楽家もいる。ただ、音楽は本質的なところでコミュニケーションをしながら作るものだ。A&Rなどとのコミュニケーションが希薄になった時に、一人で作り続けていると行き詰まりやすい。クリエタイターが、数曲単位でチームを組んで「創作」する方が、良い作品ができる確率は圧倒的に高いし、時間も効率的だ。

 加えて、アーティスト志望者、シンガーにもコーライティングも呼びかけたい。僕は著作や講座で、「アーティストはB to C、作曲家編曲家はB to Bのビジネス。目指す山は同じでも、登り方は全く違う。そもそもお金をもらう理由が違うのだから、別の職業だと考えるべき」と教えてきた。その考えは変わらい。ただ、アーティストとして成功したいと若い音楽家にとっても、コーライティングによる楽曲提供は目的に近づく有効な方法だと伝えたい。

 アーティストがB to Cな職業ということは、「人気者になればOK」ということだ。「ファンの数×熱量」が高いことが最大の価値で、必ずしも音楽に詳しくなくてもいいし、歌や演奏が上手なら良い訳でもない。ファンからの支持を得られることが最大の価値基準になる。社会常識に疎くてもスタッフがフォローしてくれる。この構造は変わらない。
 但し、楽曲や歌の表現力で勝負したいと思っているアーティスト志望者にとって、コーライティングでプロフェッショナルレベルの創作に加わることは有益だ。創作の過程で勉強になることが必ずあるだろう。採用されれば、アーティストとしての価値も上がる。採用に至らなくても、自分の声や作品を業界関係者に真剣に聴いてもらい、興味を持たれる機会になるのだ。欧米では、ブルーノ・マーズメイガン・トレイナーなど、コーライティングによる作曲家活動がキッカケで、アーティストデビューした成功例がたくさんある。日本でも増えてくるだろう。

 YouTuberやニコ生主として、人気者になることに適性があるのなら、そこに特化してくのも良いけれど、「本当は音楽の中身で勝負したい。できるはず」と思っているのなら、今、始まりつつある、コーライティング・ムーブメントに身を投じることをオススメしたい。
 シンガーについて補足すると、去年はツイキャスでの活動がキッカケのデビューがあったけれど、今年はnanaとSHOWROOMに注目したい。おそらくメジャーシーンで活躍する人気者が出てくるだろう。ユーザーとのコミュニケーションの中で磨かれたシンガーがコーライティング・ムーブメントにも加わってくれるとよいなと思っている。

ヒロイズム
お正月なので、もうひとつ予言めいたことを言わせて欲しい。今年は日本人作曲家のアメリカでの成功例が出るだろう。ここでもキーワードは「コーライティング」だ。現地の作曲家とのコーライティングを通じて、日本人クリエイターのセンスを活かしたヒット曲がいつ出てもおかしくない状況になっている。日本で数々のヒット実績があるヒロイズムを先頭に、バリバリの第一線の若手作曲家がLAで勝負を始めている。
 僕は数年前から、「ヒロイズムが作曲家界の野茂英雄になる」と予言しているけれど、この喩えは、彼の努力をパイオニアである野茂と比するのと同時に、野茂の出現をきっかけに、イチローも松井秀喜もダルビッシュも田中将大も出てくるという意味も込めている。日本人クリエイターがグラミー賞で見かける日もそんなに遠くないかもしれない。

 ガラパゴス的だと思われていた「野球」が、本場のベースボールでも高評価されたことと、歌謡曲〜ニューニュージック〜Jポップと独自進化した日本のポップミュージックは、似ているように感じる。「上を向いて歩こう」ビルボード1位は、沢村投手のドロップが大リーガーをきりきり舞いさせたという伝説のようだ。日本人作曲家には、世界中で成功するポテンシャルを持っている。
懐かしいトルネード投法
著作権使用料は落ちていないと冒頭に書いたけれど、日本市場だけでは限界はある。これからの作曲家は海外でも稼がないと駄目だ。TTPは知財にとっては功罪両面あると思われるけれど、アメリカや伸張著しいASEAN諸国などでも印税収入で稼ぐ機会としたいものだ。

 本ブログでも何度か書いてきたけれど、日本のクリエイターやエンジニアのレベルは世界的にトップ水準だ。2020年以降、日本が先進国でいるための貴重な資産だ。環境の変化に合わせて、個性を活かして、グローバルにアジャストすれば、日本人に夢を届ける役割を担ってくれるはずだ。スポーツ選手だけに任せてはいられない。

 山口ゼミとCWFから、そんな人材を輩出したい。音楽プロデューサーとして彼らと一緒に世界を席巻することを、僕の今年の初夢とさせて欲しい。
 山口ゼミも続けていくので、プロ作曲家になりたい人は門を叩いてみてはいかが?

●「山口ゼミ〜プロ作曲家になる方法」公式サイト
●作曲家育成セミナー「山口ゼミ」を続けている理由
●CoWritingFarmOfficial
●『最先端の作曲法・コーライティングの教科書』(リットーミュージック)

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