2010年10月17日日曜日

「電子書籍の衝撃」の誤りを指摘してみる

読後すぐにアップするつもりが、半年くらい経ってしまいました。タイミングを逃しましたが、大事な話なので、blogにまとめておこうと思います。

ちょっと過激なタイトルにしてしまいましたが、佐々木俊尚さんの「電子書籍の衝撃」について。この本はとても良い本だと思います。出版業界の過去と現在と未来を上手にまとめてあるし、ネットに関する見識も確かです。勉強になりました。

ただ、出版業界の今後を説明する際に、音楽業界を引用しているのですが、その内容が不正確な部分が多くて、たくさんの人が読みそうな本だけに困ったなと思いました。
著者が「はじめに」で「音楽に学べ」と書いてあるのですが、いきなりその内容が不正確です。たとえば「~iPodが発売されてからデジタル化が加速し、いまや音楽CDはあまり売れなくなって、インターネット配信で楽曲を購入して聴くという行為が一般化しています。おそらくは本も音楽と同じ道を~」とあるのですが、日本でCDが売れなくなったのは事実ですが、同時にPC配信は定着していません。日本の有料配信の9割はモバイルでのダウンロードです。CDは1998年の6075億円をピークに2009年は約2961億円、有料配信は約910億円ですが、PC配信はその1割程度です。(日本レコード協会データによる)日本の音楽配信では、「PC配信は根付いてない、モバイル(着うた、着うたフル)も頭打ちになってきた。」というのが現状です。レンタルCDという日本にしかない業態があるのも一つの原因かもしれません。

175P「従来の収益モデルの崩壊」も、総論としては、その通りなのですが、そこで試算されている「1万枚位の売上で、2800円の音楽CDだとして、アーティストに入ってくる印税は84万円しかないのです」という断言の根拠が不明です。単純計算すると3%の印税ということになるのですが、前後に何の説明がありません。ちなみにメジャーレコードと契約した際のアーティスト印税は、新人の場合1%~2%が一般的です。楽曲の著作権に関しては、6%がレコード会社から著作権団体に払われ、出版社と作詞作曲者側が1/2というのが一般的です。(実績がある作家だとも作詞、作曲、出版社が1/3ずつという場合もあります。)作家と編集者と出版社による出版業の枠組み対して、音楽ビジネスの方が”登場人物”が多く、複雑な構造なのでわかりづらいのかもしれませんが、ビジネススキームの正確な把握が無いと電子書籍の参考にはならないのではないでしょうか?

本作で何度も登場する、まつきあゆむさんのMAFに対する言説にも異論があります。まつきさんの新たな試みへの挑戦は、大変興味深いですし、私は彼の音楽性もレスペクトしています。ただ「大橋トリオや小山田圭吾に近く、ポップの概念を究極にまで推し進めようとするようなエッジの効いた彼のサウンドには~」という説明に、共感をする人は、まつきさんのファンも含めて、ほとんど居ないのではないでしょうか?彼の音楽性は、ニューミュージックと呼ばれてた頃から続く、日本のオーソドックスなシンガー・ソングライターの系譜上にあるものです。おそらく、メジャーレーベルが投資するには、大衆性やわかりやすさに欠けると判断されたのでは無いかと推測します。メジャーが乗らないけれど素晴らしい才能を持ったアーティストというのは、たくさんいます。まつきさんが注目された主な理由は、その「戦略」、まさに佐々木さんが評価されている方法論であって、音楽そのものではないのが現状です。

著者の佐々木さんは、ご自分でも音楽マニアではないと書かれているので、責めるつもりがありませんが、試みの面白さに目を奪われるあまり、過剰評価をしてしまうのは、まつきさんの音楽性にもファンに対しても、決して、プラスではないと、老婆心ながら思います。 

これに限らず、音楽ビジネスに関しては、それぞれ状況が違っている日本とアメリカと欧州を、都合よく引用されている形になっていて、ちぐはぐです。
P176の「強い関心を抱いてくれるリスナーと~メジャーレーベルや事務所に所属する必要はありません」という断定も、かなり乱暴です。日本のアーティストで、自分でマネージメントをしているアーティストは、かつてメジャーレーベルや事務所に所属して、一定のファンを獲得してから、”独立”している場合が、ほとんどです。その場合もコンサートプロモーターや音楽出版社など、業界の既存のプレイヤーがサポートしているのです。

また、別の視点で言うと、音楽業界では、インターネットが広まる以前、何十年も前から、バンドと素人マネージャーだけで始めた音楽が、ユーザーに支持され、スターになったいう事例は、たくさんあるのです。そういった状況を踏まえて、インターネットの影響を語らないと、正確なロジックは組み立てられないと私は思っています。

私は、著者をtwitterでフォローしているのですが、適切なニュースをピックアップして紹介してくれるので、とても助かっています。信頼できるITジャーナリストだと思っています。この本の論旨も総じて言えば、賛成できるところが多いです。それだけに、音楽ビジネスに関する安直かつ乱暴な引用は、残念でした。また、たくさんの人がこの本を読むことで、音楽業界への誤解が広がることが、心配です。

最後に、尊敬する友人で、著名DJの沖野修也さんの以前のtweetを紹介します。この本を読んでのつぶやきかどうかわかりませんが、

@SHUYAKYOTOJAZZ:
「出版業界の皆さん、音楽業界を参考にしないで下さい。僕達、まだ答えを見つけてないので。」

まったく、同感です。


追記(2012年5月3日):1年半の間に、このエントリーは、かなり多くの方に閲覧いただきました。複数の関係者の方から「佐々木さんは調べないで書くので有名なんだよ」を伺うこともあり、納得しました。その後も佐々木さんは活発に活動されていて、そこで提唱される概念や未来像は、刺激を受け、共感することも多いです。おそらく「答え」が見えているので、その「答え」に繋がりやすい現象を見つけると、ピックアップしたくなるのでしょう。
 古い感覚かもしれませんが、私としては、きちんと調べないで文章を発表する人をジャーナリストとは呼びにくいけれど、佐々木さんを新種の「思想家」として捉えれば、その「思想」については、賛同する部分も多いです。「思想家」として頑張っていただいて、ネットの世界では影響力があるだけに、あまりお詳しくないエンタメビジネス分野で、半端な発言をされないことを祈っています。

追記(2013年4月21日):その後も、このエントリーへのアクセスがあるようです。書いてあることは間違っていないので、特に訂正する理由は無いのですが、音楽配信に関する誤解については、このエントリーがわかりやすいので、興味のある方はご参照ください。3部作になっています。

●<コラムスピン>続・iTunes Storeは日本では失敗してるんだよ(2012年10月23日)

2010年10月2日土曜日

僕がtwitterをはじめた理由

というタイトルで、音制連のサイトにコラムを書きました。
こちらです。
興味のある方はご覧下さい。

nexusは、音楽事務所の団体、日本音楽製作者連盟が運営する、ユーザーとアーティストをダイレクトにつなぐサイトです。コンテンツも徐々に増えていきますので、お楽しみに。

結局、blog始められてないまま、半年経ってるな。
徐々にやります。