2011年6月13日月曜日

『写楽展』とか『森と芸術』とか『黒田清輝オマージュ』とか。

ヨーロッパやアメリカに出張している時は、早起きして、街の美術館や博物館に行くけれど、不思議なもので、東京だとなかなか時間が取れない。
でも、東京にも良い美術館や展覧会が増えてきていると思うので、仕事の合間でも、やりくりして、少しでも覗いて、刺激を受けたいと思っている。
ということで、最近行った、展覧会のまとめ。自分のためのメモって感じですが。


『写楽・特別展』(東京国立博物館・平成館)

浮世絵が美術的な価値を与えられたきっかけはフランス人だったせいか、写楽の作品も海外の美術館が持っているケースが多いみたい。この展覧会もボストンやらパリやら世界中から集められていた。
ライバル絵師との比較や第一期~第三期の作風の違い、刷り方による色味の違いなど、比較の仕方がわかりやすかった。

今更だけど、写楽の第一期の役者絵のポップ感は、抜群だな!と思った。
日本人と違って周辺情報を持たず、脈絡無く、この絵を見た西洋人が仰天したのは、当然かも知れない。

僕は職業柄、写楽を売り出したプロデューサーの蔦谷重三郞に興味が行く。短期間に消えた絵師、写楽が誰だったかは、江戸期の最大のミステリーの一つ、蔦谷の自演説もある。以前、『写楽殺人事件』というミステリー小説も話題になったよね。あの頃に読みそびれたので、改めて読んでみようと思った。
江戸期の大衆芸能を日本の一つの原点にとらえる論調は、昔から多いけど、日本のポップカルチャーの特徴について考えていると、外せないポイントだなと改めて感じる。


『森と芸術』(東京都庭園美術館)
キュレーターの能力が伝わってくる意欲的な展覧会だった。人間と森との関わりを、森に関する芸術から解き明かすというコンセプト。

狩猟生活から農耕生活に変わった時から人類は森への憧れを持っていたという話から始まり、アダムとイブの林檎や、ケルト人の文化など、関連する絵画が飾られる。森に関心を持った画家が、こんなにいたのかというのは驚かされた。ヨーロッパの小さな村で作られる玩具もあった。

日本人にとっての森という話からジブリアニメに結びつけ、最後に美術館がある白金の森の記録を見せるという流れは、見事なオチだった。まさに古今東西の森からピックアップしながら、強引さを感じなかったのは、キュレーションに教養と確信があるからなんだろう。こんな展覧会をまた観たい。

「森ガール」風の女性客が多かったのも微笑ましかった。7月3日までやってます。


『ラファエル前派からウィリアム・モリスへ』(目黒区美術館)

庭園美術館と同じ目黒駅が最寄りと言う事で、ちょっと寄り道してみた。

産業革命期のイギリスで中世への回帰があったというのは知らなかった。労働の疎外からコミュニティに憧れるということらしい。当時のイギリスで権威だった、ルネッサンスの有名画家ラファエルより前の価値観を取り戻そうという芸術運動だったそうだ。クラフト的な商品をたくさん産み出したウィリアム・モリス商会も、そのラファエル前派の影響を受けていたというのは意外だった。
まったく不案内で知らない世界だったけど、歴史って面白いな。

こちらも7月12日まで。



『黒田清輝へのオマージュ、智・感・情』(KAIKAI KIKI GALERRY)
村上隆さんは、尊敬する日本人アーティストの一人だ。『芸術起業論』も読んだけど、創作活動に身を投じながら、同時に日本の画壇を痛烈批判して、海外に活路を見いだし、日本人の優位性を最大限活かして、経済的にも成功しているのは素晴らしい。恵まれた音楽業界でチャンスを与えられながら、責任転嫁ばかりしている日本の若手音楽家には爪の垢を煎じて呑ませたいと常々思っている。

彼の工房で、黒田清輝へのオマージュ作品を観ることができるというので、行ってきた。広尾のはずれにあるマンション地下のワンフロアー。会場には、批評家の東浩紀さんもいらしていた。

 作品そのものも、もちろん面白かったけど、注目したのは、作品がつくられる過程を追体験できるように提供していたことだ。「引き継ぎ書」というファイルが、観れるようになっている。若手美術家が、それを読むことで得る刺激は、ものすごい価値だろうな。

こういう試みを続けていることを、素直に賞賛したい。そして、村上隆に負けないように頑張ろうと思う。




音楽は美術に10年遅れて、その歴史を追うという説があるよね。その真偽はわからないけど、展覧会という「ライブの場」から刺激を受けるのは大事だなと思ってる。

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