2012年7月29日日曜日

何故、大阪市は文楽を守るべきなのか? 〜歴史はお金で買えない〜


 大阪市の文楽協会への補助金の削減が問題になっている。橋下市長の発言も含め、論点がおかしいと思うので、整理したい。


 僕は橋下市長の維新の会や大阪都構想には、基本的に賛成だ。国から地方への権限委譲の必要性は、長らく語られてきたが、具体的になっていない。大阪市と大阪府の二重行政の無駄も大きいだろう。
 大阪市の既得権益の構造は根深そうだし、橋下さんのようにマスメディアを活用して、市民の支持をテコにしないと抜本改革は難しいと思う。優秀なブレーンも集めているし、是非、頑張って欲しい。
 文楽協会への補助金削減も、そこに巣くう大阪市からの天下り役人や、文楽協会の事務局の守旧ぶりを炙り出すという意図もあるのかなと思う。ただ、観客動員数を評価のポイントにしたり、演出までに口を出すのは、基本的な姿勢として間違っている。

 さて、文楽の価値は何か?
 最初に断っておくと、僕は文楽について全然詳しくない。行ってみたいと思いながら、ちゃんと生で観たことは無い。でも、僕にとっても文楽を守ることはとても大切だ、何故か?
 橋下さんの話法に合わせて、短く言うなら「長い歴史があるから」。そして、「国内、海外で、その存在が知られているから」。それだけで理由としては十分だ。実際、ユネスコの世界無形遺産にも指定されている。

 歴史的建築物を文化財として守るという事と基本的に変わらない。文楽を観客動員数で評価するのは、
「五重塔は、ディズニーランドより動員力無いし、スカイツリーより眺めが悪いし、実際に人が住めないから、守る価値が無い
 と言っているようなものだ。
 観劇してみて、退屈かどうかなどという基準を用いるべきじゃ無い。

 商業演劇やポップスのコンサートは観客動員で、ある程度評価できる。市場原理の中で、消費者の支持を集めた作品が「勝者」で良いと思う。僕は自分がプロデュースした作品を売上数やランキングで価値付けされることを潔く受け入れて仕事している。それがポップスの、そしてショービジネスのルールだと思うから。
 伝統文化は全く違う。文楽(人形浄瑠璃)は、既に、数百年単位で日本人、そして世界中の人たちの支持されてきたのだ。それを踏まえて判断しなければいけない。
 今回、もし橋下市長が、文楽協会を潰してしまったら、これからどんな成果を挙げようとも、愚帝として数百年と語り継がれることになる。行政改革の効果は長く持っても100年だろう。文楽は既に、その3倍以上の年月を生き延びてきているのだ。その歴史に敬意を払うべきだ。
 文化の価値は、目先の貨幣的な価値だけでは図れないことを知って欲しい。
 
 橋下市長は「競争力のある大阪」を掲げて、東京と対抗できる都市となれるように活性化したいと言っているという。大阪の価値は何だろう?東京には、江戸開都から数えても、せいぜい500年位の歴史しか無いのに対し、関西エリアには、1500年近い歴史のある街がある。国際的に見ても、歴史のある国や街は尊敬される。幸運にも文楽は大阪で生まれ、育っている。大阪のブランド力をあげるために文楽の存在は有効なカードなはずだ。守旧派のスタッフを追い出して、芸術家を街のブランド力向上に役立つように活用させてもらえば良いと思う。
 「国力」は、総合的なものだ。国際的に評価されている伝統文化を持っていることは、国力向上にも有効だ。重要な国際会議の交渉場面で、文楽の比喩を使うことが、こちらの主張を通す一助になることもあるかもしれない。政治家には総合的に日本の国力をあげていくという視点を持って欲しい。
 
 余談だけれど、経済産業省がクールジャパンで、高尚な文化論を語っているのは、これとは真逆の意味で、間違っていると思う。
 このサイトを見ると悲しくて、泣きそうになる。
 日本のポップカルチャーの文化的な価値に関して、経産省がウエブサイトを運営している理由が全くわからない。大至急、仕分けすべき。
 そんな予算があるなら、海外のコンベンション参加のアーティスト達の旅費を補助する(世界のほとんどの国ではあるからね)とか、航空会社に楽器が壊れないコンテナの研究をさせるとか、海外の興行で円決済をしやすくするための制度研究とか、もっと商いにつながることに労力を使って欲しい。
 フランスでコンサートをやる際は、オープニングアクト(前座)に、フランスのバンドを使わないと罰金がとられるそうだ。自国の文化を後押しする制度は諸外国に様々な例がある。日本もそういうことやれば良い。
 
 大阪市長が、伝統文化を「商売」で語り、経済産業省がポップカルチャーを「文化論」で語ってる。逆でしょ?


<参考リンク>
ドナルド・キーン氏、文楽は「人間より美しい」
⇒日本文化の専門家のインタビュー。文楽の価値が素人にもよくわかる。

“人形遣い”の器量は、分からないもので分かる小田嶋隆 ア・ピース・オブ・警句)
⇒いつもながら切れ味鋭いコラム。同感です。

2012年7月10日火曜日

ソーシャル・コンテンツ・プロデューサー宣言!! 〜「j-Pad Girls」スタートに当たって

 新しい事に挑戦する時のドキドキは好きだ。初めてニュージャージーの黒人協会にレコーディングに行った時も、セカイカメラとコラボすると決めた時も、ルーマニアからジプシーバンドを呼んだときも、初音ミクで新曲発表した時も、背筋がすっと伸びるワクワク感があった。


 「j-Pad Girls」は、僕がプロデューサーとしてやってきた事の集大成の企画になるので、なおさらだ。
 本当に大事なことは、そんなに簡単に変わらない。5000年前の壁画の絵文字を読み解いたら「最近の若者は、なってない」と書いてあったという笑い話は、結構好き。


 音楽をユーザーに届けて、喜んでもらうことを仕事にする。その本質が簡単に変わるとは思ってない。「ニュー・ミドルマン」という呼称は、尊敬する田坂広志さんの受け売りだけれど、アーティストや作品とユーザーを結びつける仕事の重要性が増すことはあっても、減じることは無いと僕は疑いも無く信じている。


 ただ、ドッグイヤー(人間の1年が3年に感じる)がマウスイヤー(同じく7年、つまり7倍の速さ)と言われる位、技術革新が早い今の時代は、ツールの変化は速い。音楽サイトについても、日本でMySpaceが注目されたのは5年少し前だ。あっという間にトレンドは変わっていく。

 ソーシャルメディアがコミュニケーションプラットフォームになる時代に、大切なのは個々の信頼関係だ。それが多対多のコミュニケーションとして拡散していく、大昔からあったことかもしれないが、今は速度がもの凄く速く、距離も国境も越えて、しかも可視化されている。情報が伝わっていくプロセスも楽しむことができる時代になった。 


 僕がツイッターを始めたのは、その時代の到来を本質かつ不可逆なものだと実感したからだ。音楽業界で叩き上げ的に育った僕は、マネージャーは裏方だという価値観が骨身に染みこんでいる。ビッグアーティストを売り出した、僕が尊敬する先輩マネージャー達は、必ずや自分の存在は影にして全てのアイデアをアーティストに注入するという手法をとられている。

 ヘビーなツイッターユーザーになっている今となっては驚かれるかもしれないけれど、20101月に本名でツイッターを始めるまで、僕はmixiなどの匿名サイトを含めてネット上に自分の発言を出したことは一度も無かった。自社アーティストのメイキング映像にも映り込まないように逃げていた。2009年までは、僕の発言も写真もネット上には存在していない筈だ。


 2年半ほど前に僕は諦めた。個人が情報のハブになる時代に、水面下に潜っていることは損が過ぎるし、遅すぎる。好き嫌い、向き不向きは別にして、やらざるを得ないと腹をくくって、ツイッターを始めた。その時は、ビジネス書を書いたり、トークイベントを主宰することまでは想定していなかったけれど、ルビコン川を渡ったという覚悟はあった。


 前置きが長くてごめん。短く結論。

 「j-Pad Girls」は、ソーシャルメディアに特化したプロジェクトです。UGM(ユーザー・ジェネレイティッド・メディア)と呼ばれるように、"素人"が主役に見えるソーシャル・メディア上で、一流のプロフェッショナル・クリエイターが本気で挑むというコンセプト。

 まずは、クラウド・ファンディングでの告知から情報解禁。日本ではCampfire。米国では定着しているKickstarterもエントリーする予定。フレームワークをユーザーにプレゼンテーションして、サポーターを募る。YouTubeやニコニコ動画で作品を公開して、iTunes Storeをはじめとした全世界の配信サイトでリリースするのは、今やそれほど珍しいことではないけれど、自分たちなりに「ソーシャルメディア最適化」したコンテンツで挑戦してみたい。


 これまで、水面下で全責任を負っていたのを、名実共に、ユーザーに直接「エンゲージ」する。これまでもプロデューサーとして立ち上げたプロジェクトは、プランニングしてきたし、全責任を背負ってたし、大して変わらないかもしれない。違うのは、ユーザーに全部自分の言葉で、直接説明することだけ。アーティストに説明して理解させて発信させてきた、これまでよりも、むしろ楽かもしれないと思うことにした。


 ということで、やります。是非、興味を持って下さい。できれば応援をお願いします。批判は受けます。無関心は悲しいです^^

 「j-Pad Girls」。東京発でグローバルに勝負する、僕の本気の方法論です。こちらで「パトロン募集」しています。ご協力をお願いします!


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2012年7月1日日曜日

最近観た映画『シャーロック・ホームズ』『ドラゴン・タトゥーの女』『スーパー・チューズデイ』『フリューゲルの動く絵』『ミッドナイト・イン・パリ』

3ヶ月も更新をサボってしまった。断片的なことは、ツイッターとフェイスブックに書き留めることが習慣になっているので、ブログは、少しテーマ性のあることをまとめて書こうなどと思っていると、ついつい先送りになってしまう。
映画については、自分の備忘録としての意味もあるので、公開時期からはだいぶずれてしまったけれど、記しておきたい。

『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』
物心ついた頃から、本を沢山読む子供だった。親の教育もあると思うけれど、同じ環境だった妹は読書しなかったから、そういう性質だったんだろう。小学校低学年では、親から与えられた「ドリトル先生シリーズ」「アーサーランサム全集」(『つばめ号とアマゾン号』とかね。)「ケストナー全集」(『二人のロッテ』とか)で、高学年に読みふけったのが、シャーロックホームズシリーズだった。当時は、好きになった作家やシリーズで文庫本か、図書館で、手に入るのは全部読んでいた。中学生時代に太宰治と司馬遼太郎を読みあさったのを最後に、小説から人文科学系の新書に興味は移っていったけれど。
シャーロックホームズは、英語の勉強になるかと思って、短編集を英語版も買ったりした。ホームズファンはマニアックで熱狂的なファンがたくさん居るので、ファンのうちには入らないかもしれないけれど、ベーカー街のホームズの部屋には、イメージがある。勝手に浮かぶ景色を持っている。
ということで、この映画。ともかく思ったのは、ホームズファンは怒るだろうなということ。世界観が全然違う。ホームズとワトソンの男色を匂わせるような台詞もあって、衝撃だった。世界中のホームズマニアは、決してこの映画を許さないだろうなと思うと、その事にどきどきして、映画に集中できなくなった、ホームズとかワトソンとか言わないでくれれば、もっと楽しめたのになぁ。
エンタメ映画としては、良く出来ているし、とても面白いです。

『ドラゴン・タトゥーの女』
傑作だと思う。骨太な構成と練られた脚本。映像の美しさ。申し分ない。デヴィッド・フィンチャー監督はミュージックビデオの印象の方が強かったけれど、改めて映画監督しての実力を思い知った。
ダニエル・クレイグには、これまであまり興味なかったけれど、本作を観て、好きになった。でも、なんと言っても賞賛すべきは、主演女優のルーニー・マーラーだと思う。幼少期に問題を抱える影のある役を見事に演じている。ハードなシーンも多いのだけれど、観た後に、映画『ソーシャル・ネットワーク』で、主人公ザッカーバーグの恋人役もやっていたことを知って、心底驚いた。思いっきりコンサバな女子大生の役だったから。どんだけ芸の幅が広いねんっ!
脚本はミステリーとしても非常によくできている。原作がベストセラー小説だったというのも納得。見逃した人は、DVDで是非!ディレクターズカットで観た方が良いと思う。

『スーパー・チューズデイ』
「天は二物を与えず」という諺があるけれど、ジョージ・クルーニーは、いくつ持っているのだろう?俳優として、監督として、映画プロデューサーとして、どれも成功して、大きな経済力を持ち、米国政界にも影響力があるという。羨ましいを越えている。
本作は、米国の大統領選挙の内幕が鋭く描かれる映画。面白い。主役は選挙参謀。若き参謀が、様々な陰謀に翻弄されているうちに、自ら権謀術数に長けていくという、悪漢ロマン的なシナリオ。
ジョージ・クルーニー演じる大統領候補も、ライアン・ゴズリングが演じる若き選挙参謀も、高い志を持って、政治に取り組み始めるのだけれど、実際に選挙に勝つためには、きれい事では済まなくなっていく。考えさせられるところも多いけれど、テンポの良い展開にハラハラしながら引っ張られていくことになる、よくできたエンターテイメントとなっている。オススメです。

『フリューゲルの動く絵』
一転して、とてもアート的な映画。
中世最後期の画家、ブリューゲルの絵のモデルに多くの民衆をかり出している聖書の世界を再現させるという設定。16世紀に描かれた「十字架を担うキリスト」のシーンが再現されている。摩訶不思議な寓話の世界と謳われているけれど、寓話と言うよりは、芸術家の妄執を感じた。そして画面が非常に美しいのが印象的だった。
 シナリオが練られた作品が好きで、映画は「火薬の量やSFX効果より、脚本が練り直された回数」の方が大事だと思っている僕だけれど、こういう絵画的な映画も好きだ。
これは映画館で観たい類の映画で、小さな画面では、その良さがわかりにくいもしれない。

『ミッドナイト・イン・パリ』
好きな街はどこかと問われれば、迷わずに、ニューヨークとパリと答える。世界中で、色んな街に行ったけれど、今のところ他にいつでも行きたいと思える都市は無い。
20代半ばで初めてニューヨークに行ったとき、このまま留まって住もうかと思った。東京で生まれ育った僕の働き場はここしかないのではと。その時はもう会社を始めてたから、もちろん帰国したけれど、以来、折にふれて訪れている。
パリは京都的なよそ者への冷めた暖かさと、長い歴史に裏打ちされた猥雑さが好きだ。ニューヨークに住めば、多分俺もニューヨーカーだけど、逆立ちしてもパリジャンにはなれない。そんな僕にとって、ニューヨーカーであるウッディ・アレン監督が撮った憧れのパリ映画、しかも過去の芸術家達にタイムスリップして会いに行くという設定らしい、絶対、見逃せない!
そして、期待は裏切られなかった。ウッディ・アレンらしい洒脱な世界を堪能。大好き!

2012年3月31日土曜日

編集者に著作隣接権を持たせたい理由を情緒的に説明してみる。〜『編集進化論』を読んで〜


 最近、出版社が原版権という著作隣接権を法制化しようという動きがある。


 一部の作家からは、懸念の声も上がっているようだ。このまとめからを読むと、漫画家さんも出版社側も知識、情報が足らずに混乱しているようだ。この種の話は、疑心暗鬼な人が多いとなかなか着地できない。


 結論から言うと、僕は法制化に基本的に賛成だ。出版社や編集者の役割、貢献に対して、著作隣接権的な権利を持つのは当然だと思う。出版物は、音楽以上に多岐のジャンルがあり、分野ごとにビジネススキームや業界慣習も違うから、一律でルールにするのは難しいところもあるだろうけれど、音楽ビジネスをしている立場から見ると、これまで無かったのが不思議に感じられる。

 音楽業界には、作詞作曲家やアーティストの権利とは別に、通称、原盤権と呼ぶ、レコーディングに携わり、その費用を負担した者に著作隣接権という権利が認められている。楽曲の著作権についても人格権と財産権を振り分けて収益をシェアしたり、許諾を信託したりと様々な仕組みと慣習がある。デジタル時代に合わせた修正は必要だけれど、基本的な考え方はできているし、その運用もスマートで、率直に言って、出版業界よりは洗練されていると思う。
 ここ数年、電子書籍に関するセミナーや勉強会に呼ばれてお話しする機会があるけれど、音楽業界で長年仕事している感覚だと、隣接権無しでビジネスが成立してきたことに驚いてしまう。
 作品そのものに権利を求めなくても、印刷して流通して書店に並べるという機能の影響力が大きくて、そこを押さえておけば大きな問題は起きなかったのだろうと想像する。書籍の問屋「取次」が強い力を持っているという話は聞くし、印刷、製本なども資金力が必要だしね。
 近年の電子書籍の出現が、いわゆる「中抜き」という現象をかいま見せていて、慌てて、対応しているというのが実際のところなのだろう。

 僕は出版社の既得権益については、是々非々でクールに考えれば良いと思っている。インターネットが広まれば、個人と個人だけの取引に集約されるというのは幻想だ。資本力の重要性や既得権は形を変えるだろうけれど、簡単に無くなる訳じゃ無い。ユーザー嗜好の変化による市場の淘汰や政府の規制や様々な環境変化の中で、各出版社が企業として生き残り策を考えていくだろう。

 僕がこの機会に強調したいのは、(広義の)編集者の役割の重要性だ。ジャンルによっても違うだろうし、作家のタイプや個々の作品の成り立ちによって、果たす範疇は、かなり多様だけれど、良い作品になるかどうか、書籍が売れるかどうかには、編集者の職能の重要性は非常に高いと思う。

  『編集進化論─editするのは誰か?』(フィルムアート社)を読んで、その思いが強くなった。

編集は「と」の仕事。「と」はVSにもなるし、andにもなるし。withにもなるし、orにもなる。いろいろな組み合わせで二つの文化をつき合わせられる。

という一文が素敵だ。

 仲俣暁生さんは著者として『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神Lマガジン)も書かれている。この本も素晴らしい。雑誌への愛情とクールで分析的な視線が両立していて感銘した。僕らスタッフは、この両立がとても肝要なのだ。

 もうお気づきかもしれないけれど、僕が、編集者の権利に熱くなるのは、自分達が音楽に於いて果たしている役割と相似形に見えるからだ。アーティストが成功するかどうかは、マネジャーやプロデューサー、エンジニアなどスタッフとの出会いが非常に大きい。(このことについては、ミュージシャンよ大志を抱け!〜音楽関連ビジネス書ブックレビュー〜」をご覧下さい。)
 
 そして、音楽業界でも、もうレコード会社は要らない、と「中抜き」現象が起こりつつあるように言われているけれど、僕はちょっと違う見方をしている。
 田坂広志さんが著書『未来を予見する5つの法則』(光文社)で定義してるように「ニューミドルマン」が重要だ。
 
 従来の中間業者が「企業」の方を向いて「販売代理」のビジネスモデルで仕事をしていたのに対し、ニューミドルマンは、「顧客」の方を見て「購買代理」の仕事するのです。

 これまでの仕組みとスキルにしがみつくのでは無く、新しい環境に適応した形で作品とユーザーを結びつける「ニューミドルマン」の職能が、むしろ必要性が増している気がする。

 例えば、レコード会社の営業マン。CDショップに足繁く通ってバイヤーと仲良くなり、商品本部のキーバーソンとお酒を飲んで多くの注文数を取ってもらい、レコード会社とCD店のバックマージンの調整が得意な人は、確かにもう必要ない。でも同じ営業でも、店頭を通じて、リアルに市場を見ていた人は、新しい環境でもできることがある筈だ。ユーザーへのリコメンド力は、情報が拡散するソーシャルメデイア時代には、より重要になっている。必ずや「ニューミドルマン」として果たすべき仕事がある。
 出版社も同様だと思う。新しい時代にあった「ニューミドルマン」たる編集者は、むしろその重要性を増している。

 僕は昨春に初めて著書を刊行させてもらった。ダイヤモンド社にプレゼンテーションに行った時は、レコード会社に初めて行くときのバンドマンの気持を疑似体験をしたみたいだった。当初の出版予定日が延期になった時にも、アーティストの気持ちが少しわかった気がした。申し訳なさそうな態度で、延期する事情を正確に伝えながら、ポジティブな側面にできるだけ目を向かせるような話し方をしてくれる編集者が本当にありがたかった。そして「これは、普段、俺がやっている仕事だ」と実感した。
 その時に思い出したのは、成功するアーティストは、必ずスタッフへの感謝の気持を持っているということ。長年積み上げてきたスタッフの苦労を簡単に裏切る人もいるけれど、そういう音楽家は、音楽の世界から離れていくことになる。

 作家への愛情と市場への計算を両立させ、作品性を損なわずにユーザーと繋ぐには、プロフェッショナルなスキルと強い情熱が必要だ。出版ビジネスにおける著作隣接権を考えるときに、編集者の役割の再評価と再定義がされることを期待して、「隣の村」から暖かく見守っていたい。

 ビジネス面での分析を期待した人にはごめんなさい。本稿は情緒的な話です。エンターテインメントは、関わる人たちの心意気も重要なんだよ^^

2012年3月17日土曜日

最近観た映画『マリリン7日間の恋』『ももへの手紙』『監督失格』『風にそよぐ草』『HUBBLE』『スリ』『ラルジャン』

最近は、「ライフログ」って言葉をあまり聞かなくなった気がする。IT用語は流行廃りがあるからね。表現はともかく、ライフログ的に、自分の行動記録は、支障が無い範囲で公開して、記録に残していこうと思うようになった。ソーシャルメディアが情報のプラットフォームになる時代に生きていて、コンテンツに関わる仕事をしているし、去年はソーシャルグラフをテーマにした本も出したし、その責任もあるかなと。
読書記録は、メディアマーカーにまとめている。映画は、せっかくブログを始めたので、定期的にまとめて書こうと思っているのだけれど、気付くと1ヶ月以上経って、旬なネタじゃなくなってるな。と反省しつつ、最近観た映画。試写会で観させていただくことも多いので、タイミング良く紹介するようにします。

『マリリン7日間の恋』
今年は、マリリンモンローの没後50周年。イベントなどもいくつか行われるマリリンブームの中、アニバーサリーな映画。『王子と踊り子』撮影中のエビソード。映画業界に憧れて、見習いで現場にいた青年とマリリンとの淡い交流の話。実話ベースらしい。ミシェル・ウィリアムズには、興味なかったけど、この演技は良いね。セクシーで可愛らしい。アカデミー主演女優賞は、メリルストリープだったけど、惜しかったね。構成、編集のテンポ感も良くて、飽きさせない。マリリンファンじゃ無くても楽しめる。お薦めです。3月24日公開。    

『ももへの手紙』
アニメーション(animation)という英語が、日本語からの逆輸入でアニメ(anime)として広まり、日本のアニメを指す言葉として世界中で使われるようになって久しい。その代表の一つは、なんと言ってもジブリ映画だろうけれど、プロダクションIGがつくったこの作品は、そんな日本アニメの様式に則った映画だと思った。
主人公は11歳の少女。父親を失って、母と一緒に田舎の島に移り住んでくる。妖怪達との心の交流があり。と、既視感のあるような、いかにも日本アニメのフォーマット。物語の展開自体に、心踊らされるところは、正直無いけれど、すべてにおいてクオリティは高い。ジブリとの違いは、「作家性」の有無だろう。ジブリは、どんなに様式を踏まえていても、それを凌駕する(あるいは、はみ出る)作家の表現がある。そういう意味で、この作品は「四隅がきちんしたお行儀の良い」映画だ。日本アニメの様式を踏まえた良質の映画が、観客からどう評価されるのかに、興味がある。4月21日公開。興行成績が気になるな。

『風にそよぐ草』

神保町の岩波ホールに、ものすごく久しぶりに行った気がする。『ヒロシマモナムール』も撮った巨匠の作品。難解という訳じゃ無いけど、ちょっとヘンテコなストーリー。拾った財布の持ち主に恋する老人が、ストーカー的な行為をはじめるって、どうよ?
でも、『アメリ』に通じるフランスらしいエスプリは感じたし、映像は綺麗で、嫌な感じはしない。何故か清々しい。不思議な映画だった。


『監督失格』
評判が良いけれど、見逃していたので、下高井戸の名画座的な映画館で一人で観たのだけれど。観終わった後に何ともいえない気持ちが残る。涙は出るけれど、悲しいとか感動とかいう言葉は違う。AV女優と監督の恋愛と、その後の交流に感情移入はしにくい。でも、愛とか、幸福とか、人生とか、親子とか、色んな事に思いを馳せることになるから、心の琴線をひっかかれるということは、良い映画なんだよね。「(エンディング曲の)矢野顕子は素晴らしいとか」「やっぱり、親孝行しなくちゃ」とか、脈略ない独り言を言いながら、下高井戸シネマを後にした。


『HUBBLE 3D 〜ハッブル宇宙望遠鏡〜 』

2年前くらいから、3D映画が広まっているけれど、正直言うと、苦手だ。眼に負担が掛かって、頭痛になりそうだし。眼鏡も邪魔。エンターテインメントビジネスに携わる者として、新技術は大切だし、映画業界の売上にも貢献するのだろうから、できるだけ批判しないようにしているけれど、1ユーザーとしては、少なくとも今の技術の3D映画が、あまり広まらないことを密かに祈っている。
そもそも、小説でも音楽でも映画でも、ヒトの想像力を刺激するのが素晴らしい作品だと思っているので、必然性も無く、3Dを導入している映画には辟易してしまう。
この映画の3Dには、明らかに必然性があった。しかもiMaxシアターの巨大スクリーンの3D。地上600kmの軌道上を廻る天体望遠鏡の修理をする宇宙飛行士のドキュメンタリー。まさに衛星の中にいる気分になり、宇宙の神秘や人間の小ささを実感させられた。星が好きな人には、激オススメです。

『スリ』 『ラルジャン』
10代の頃は、名画座と言われる映画館によく通った。二本立て、三本立てが普通で、名作を上映する映画館が、東京にはたくさんあったけど、随分減ったよね。VHS〜DVDが普及して、レンタルして自宅で観られるようになったからだろうけど。そんな中で、早稲田松竹は独自のキュレーションで頑張っていると思う。ブレッソン監督特集をやっていたので、観に行った。
フランス映画の巨匠。ヌーベルバーグに影響を与えた人と僕は理解しているのだけれど、違っていたら教えてください。60年代のモノクロと80年代の映画を続けて観ることができたので、面白かった。作風ってあるんだなって、当たり前のことを思ったり。主人公もスリとか偽札とか犯罪者だしね。


 以上、7本。
 それにしても、映画って一言でいっても、いろんなジャンル、カテゴリーがあるね。今後も雑食でいこうと思います。

2012年3月3日土曜日

音楽とクラウドについて話してきました。〜日本レコード協会セミナー報告〜



先日、日本レコード協会のセミナー講師として、クラウドと音楽についてお話ししてきた。レコード会社のスタッフ向けのクローズドな会だったので、自分の備忘も兼ねて、概略を記録しておきたい。

日 時:平成 24 年 2 月 28 日(火)14:00~16:00
場 所:東京ウィメンズプラザ ホール(1F)

通常よりかなり多い200人近い申し込みがあったそうで、関係者も含めて、客席は8割位埋まっていた。昨年、ビジネス書を出版してからは、人前でお話するのも慣れてきたつもりだったけど、同業者が沢山集まって、しかも知人もいつつ、知らない人も沢山という、HomeだかAwayだか、よくわからない環境で、久しぶりに緊張した。

【テーマ】クラウドサービスが今後の音楽ビジネスに与える影響と対応策について
【ajenda】
  1. [山口講演] クラウドとは何か、クラウド型音楽サービスの紹介

全体のテーマは、協会から依頼されたままにした。自分一人で二時間という持ち時間を充実させるのは難しいと思い、ゲストをお願いした。自分の立ち位置を、来場者と同業の音楽業界視点にすることにしたので、異業種が良いと思い、NTTの中でエンタメコンテンツに詳しい伊能美和子さんをお招きした。
最初に20分一人で話した。自己紹介をした後、講師依頼を受けて驚いたのは二つの理由で、自分のような者がレコ協のセミナーで話すなんて恐れ多いということと、今頃クラウドテーマって3年遅いっていうことと二点だ。と謙虚なんだか辛口なんだかわからない導入にしたけれど、どうだったのかしら?
その後、クラウドという概念の説明を、すべてがオンライン上にあるのを雲に喩えたのはグーグルのCEOだという様な話も含めて、ごく簡単にして、常時接続環境とセットな事、「クラウド」と「ソーシャル化」がインターネットの2大キーワードだと説明した。すべての産業が再定義される時代に音楽だけが例外なのはあり得ず、むしろ音楽は時代の先端をいくべきだ、と。後半は、JRC荒川社長から許可をいただいた受け売りで、クラウド型のストリーミングサービスを3種に分け
1)オンラインデュークボックス:Spotify型
2)リコメンデッドラジオ:PANDORA型
3)ストレイジ・個人ロッカー:iCloud型
それぞれの、海外含めた現状を紹介した。
3については、著作権の解釈が悩ましい。ユーザー的には自分が買った音楽を自分のクラウドに置くのは自由にやれないのは納得できないだろう。一方で権利者側から見ると、今のiMatchのシステムだと、違法で入手した音源をクラウドに上げると高音質で手に入るという一種の「ロンダリング」機能にもなっているので、容認しにくい。
本質的には、著作権の私的複製の考え方で対応するのに無理があるので、アクセス権的な考え方で法律や慣習を作り直すしかないのだけれど、というような問題提起もして、一休み。

2. [伊能さん講演] 通信事業者からみたクラウドビジネス、音楽と技術の連携


さすがにプレゼン慣れしていて、わかりやすい説明だったと思う。通信事業者の立場からネットワークや技術などクラウドに関することをまとめてくれていた。
また、受講者全員に、NTTの副社長の方が書かれた、クラウドの教科書みたいな本『クラウドが変える世界~企業経営と社会システムの新潮流~』(宇治 則孝著/日本経済新聞出版社)をプレゼントしてくれたのもありがかった。

3. [対談部分] 新時代のクラウドサービスについて


対談部分は、トッピクスを7つ選んで、会場も巻き込んでのトークにしたかったのだけれど、実際は、客席からの意見は少なかった。
この辺の話は、またする機会もあると思うので、テーマを並べておくことにする。
「ユーザー目線で、ライフスタイルの提案と共に新しい需要を喚起するように頑張ろう!」というような方向で話をしたつもり。
質問があればお受けします。
  テーマ1 所有から利用(シェア)へ
  テーマ2 音楽を聴く環境の劣化?
  テーマ3 クラウドで広がる新たなサービス
  テーマ4 リコメンドにつながる新技術~ログからコンテクストへ~
  テーマ5 音楽とライフスタイル
  テーマ6 グローバルビジネスにつながるクラウドメディア
  テーマ7 国産音楽クラウドの必要性

配付資料には、僕が書かせて貰った『デジタルコンテンツ白書2011』音楽部分のコピーもつけた。音楽業界の活性化のために少しでも役に立てたのなら嬉しいのだけれど、、。
色んな方と近未来の音楽ビジネスについて話す場を定期的に持ちたいと思ってるので、近々何か始めようかな。

関連投稿:日本の音楽配信事情2011〜ジャーナリストや評論家に音楽ビジネスの間違った認識が多すぎる!



2012年2月18日土曜日

ミュージシャンよ大志を抱け! 〜音楽関連ビジネス書ブックレビュー〜


PeaTixの『音楽・アーティスト活動のこれから 〜Direct to Fan (D2F) マーケティング時代のサバイバル術〜』にゲスト出演した。書籍について語るというのも興味深い体験だった。いらしてくださった皆さん、ありがとうございました!沢山の方にいらしていただいて嬉しかったです。楽しんでもらえたかしら。

このセミナーは、『グレイフルデッドにマーケティングを学ぶ』という本がテー
セミナーでも話したので簡潔に。とても素敵な本で、装丁やエディトリアルデザインも素晴らしい。でも、デッドの活動を『フリー』『シェア』といったインターネット時代のトレンドと結びつけて分析するのは良いとして、ドラッグカルチャーやヒッピームーブメントまで、全部ざっくりまとめて、ジョブズまで引き合いに出して、礼賛する論理は、いくら何でも乱暴だ。ミュージシャンやマネージャーは、あくまでエンタメ本として読んで欲しい。

最近、音楽ビジネスに関連する本が出ているので、いくつか紹介しながら、持論をまとめてみたい。

『ビートルズのビジネス戦略』。すごく面白い本だけれど、『さおだけ屋はなぜ潰れないか』が、さおだけ業界のノウハウを書いた本では無く会計学の考え方を伝える本であるように、音楽ビジネスについては、あまりちゃんと語っていない。ビジネス戦略の考え方を平易に学ぶことはできるかもしれないし、ビートルズに関する雑学は身につくけれど、この本を読んで音楽ビジネスがわかった気になるのは、やめた方がよいと思う。

セミナーの会場にもなっていた残響レコードの社長、河野さんとはまだお話ししたことがない。彼が書いた『音楽ビジネス革命〜残響レコードの挑戦〜』(ヤマハミュージックメディア)は、実践の記録で具体的だ。
 インディペンデントのレーベルとして、音楽性が高いだけで無く、その戦略も卓越していると思っていたど、この本を読んで、改めてその思いを強くした。この本によれば、河野さんも自分のやりたい音楽を好きにつくれる環境を手に入れるために、9mm Parabllem Bulletというバンドを売り出したということになり、とても大変な事だけど、良い話だなと思った。

『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』(リットーミュージック)
著者の永田純さんは、業界で「どんべい」と呼ばれている。僕も親しみを込めて「どんべいさん」と呼ばせていただいている尊敬する先輩だ。矢野顕子さんのマネージャーを長く務められていた。大好きな『スーパーフォークソング』というアルバムの制作風景がビデオ化されていて、その映像でどんべいさんの仕事ぶりを観て、格好いいと憧れたのを今でも覚えている。
そんな著者だけに、さすがの内容。時代状況の分析も的確だし、ノウハウの説明も具体的かつ丁寧だ。音楽への愛も溢れている。
ただ実際の話、このシステムを活用して、ビジネスができる「次世代ミュージシャン」って本当に出てくるのだろうか?「次世代」では出てきて欲しいというどんべいさんのロマンは理解できるし、共感するけれど、残念ながらイメージできない。自分「だけ」が食えれば良いと思う音楽家が増えても意味ないと思うし、「バイトをしないで音楽だけで食う」というのも、ずいぶん低い目標だと思って、意義を感じないのが、ぶっちゃけた気持。僕はむしろ、若手マネージャーが、自分の仕事の再確認も兼ねて、読んで欲しいと思った。業務改善やストラテジー構築には、とても役に立つ本だ。

音楽業界について、書かれた本では無いけれど、音楽家が書いたビジネス書の紹介。
著者の沖野修也さんも、尊敬する友人だ。彼が京都から東京に出てきて、ROOMというクラブを始めてすぐ知り合ったから、もう何年になるのだろう?そんなに長い時間を一緒に過ごしたわけでは無いけれど、節目節目で、深い関わりがあって、思いで深い友人だし、その才能と人間的な器量をとても尊敬している。
  僕がダイヤモンド社からビジネス書を発行した同じ日に、彼も別の出版社からビジネス書『フィルター思考で解を導く』(フォレスト出版)を出版されたのは、やはり縁があるなと感じて、なんか嬉しかった。残念ながら、この本は、「ビジネス書だから幅広く」という風に思ったのか、沖野君の才能と実績を知っている者からすると、切れ味が鈍くて、物足りない。もっと、大風呂敷を広げて欲しかったなと思う。
  ちなみに、彼が書いた『DJ選曲術』(リットーミュージック)は、歴史に残る名著だと僕は思っている。沖野修也に興味を持った人は、是非、『DJ選曲術』を読んで欲しい。クラブミュージックやDJについてのhow toでありながら、同時に音楽論、文化論として秀逸で、非常に深い洞察がある。音楽に関わる人はジャンルを問わず必読だと思う。僕は、若手ミュージシャンに貸して、誰に貸したかわからなくなって、買い直してということを、何度も繰り返している本だ。オススメです。

さて、セミナーの中でも、発言したけれど、これからプロになろうとするアーティストへの助言。
アーティストが責任感と高い意識を持って活動する必要があるというのは当たり前のことだ。同時に、「売れたアーティストの影には名マネージャーあり」というのが、日本の音楽業界の鉄則だ。マネージャーは、基本的に裏方であることに誇りを持っているので、表に出るのをよしとしない。自分の手柄もすべて、アーティストがやったように見せるのが、名マネージャーの共通点だ。だから、一般には伝わってない場合も多いけれど、僕が知り限り、日本でマネージャーなり、ディレクターなり、能力のあるスタッフなしに、セルフマネージメントだけで成功したアーティストは寡聞にして知らない。売れた後には、多少のビジネスセンスがあれば、アーティストが社長で、スタッフを雇ってやることはできるし、そういう例は沢山ある。ただ、世の中に出て、広まっていく過程では、優秀なスタッフは必須なのだ。
但し、このマネージャーは、既存の業界人である必要は必ずしも無い。アマチュアバンドと素人マネージャーが成功した例はたくさんある。その風通しの良さが、日本の音楽業界の良いところだし、芸能界とは違うところだと僕は思っている。
だから、音楽家として成功したいと思ったら、優秀なスタッフを探すべきだというのが、改めて音楽ビジネス書を読んだ僕の結論。我田引水と言わないで欲しい。信用できる友達をマネージャーにしてもいいのだ。残響の河野さんは、自分が、他のバンドのマネージャーになって成功したことで、自分のバンドも活動できているということだと僕は理解している。

そんな意味でもお薦めしたいのが、加茂啓太郎さんの『ミュージシャンになる方法』(青弓社)。
これは名著だ。もうずいぶん前に出版された本だけど、本質的な話なので古びていない。プロになりたい人は、この本は必読。というか、これだけ読めばよいと僕は思っている。音楽への愛を熱く語れる人は多くても、俯瞰して論理的に自分の仕事を説明するのが下手な音楽業界人が多い中で、加茂さんは抜群だ。
10年前の本が古びないと言うことは、方法論やツールは変わっても、音楽ビジネスの大切な部分は実は変わっていないのだということも改めて確認する。

ちなみに、音楽著作権について説明した本は沢山あるけど、薦めたい本は無い。どの本も書いてあることは正しいけれど、根本的なところに、大きな問題がある。実業に携わってない人が書いてるから、アーティストの「権利」だけで「義務」について書かれてないのだ。そんな本を読んで真に受けて、権利だけを主張しても、何も始まらないし、成功できない。権利について学びたいなら、手前味噌だけど、音制連が出しているフリーペーパー『音楽主義』を手に入れて読めば良い。著作権や隣接権について連載があり、バックナンバーもwebで公開されている。

それから、手前味噌ついでにもう一つ。拙著『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)はビジネス書だけれど、Sweet Vacationというガーリーハウスユニットのソーシャルメディア活用の記録に一章、応援してくれたインフルエンサーのみなさんを集めた座談会に一章をそれぞれ割いて紹介してる。アーティストPRのソーシャルメディア活用としては、最先端の記録だと自負しているので、興味がある方はご覧いただけると嬉しいです。


 追伸的に、もう一冊素晴らしい本を紹介したい。『上を向いて歩こう』(岩波書店)。著者の佐藤剛さんは、業界の大先輩。とてもお世話になった方でもある。以前、東京エスムジカというアーティストを立ち上げた時、メジャー2枚目のアルバムは海外レコーディングをしようと思った。BOOMなどで海外経験豊富で、ワールドミュージックにも詳しい剛さんに、まず最初に相談に行った。モンゴルの馬頭琴とホーミー、インドネシアのジャワガムラン、ルーマニアのジプシーバンドとレコーディングをしたアルバム『Switched-On Journey』を作ったのだけれど、剛さんのアドバイスにはとても助けられたし、勇気づけられた。最近はプロデュースよりも著述活動に力点を置かれていると思ったら、ソノダバンドを世に出したり、由紀さおりさんのジャズアルバムをプロデュースして全米一位になったりと、プロデューサーとしても大活躍している。そんな、僕が、なかなか追いつくことにできない先輩が書かれたのが、日本の楽曲で世界で一番売れたとわれいてる「上を向いて歩こう」の記録。非常に貴重な歴史。そして、戦後の日本の音楽(芸能)業界の草創期の様子がわかる本でもある。是非、読んで欲しい。

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