ヨルダン戦、シリア戦とサッカーアジア杯の試合を観て、盛り上がったので、
サッカーについて書きたくなりました。
私はスポーツ全般的にやるのも観るのも好きです。15年位前にスカッシュに
ハマった時期はありましたけど、さすがに時間が取れず、健康維持のために
週に数回ジムに通うのが精一杯で、最近はもっぱら観るだけです。
野球、相撲、サッカーはもちろん、マイナースポーツを観るのも好きです。
知らないスポーツをNHK教育チャンネル等で観て、ルールや戦術を知るのも
密かな楽しみだったりします。先日もホッケー(アイスホッケーではなく
陸上のホッケー)の日本一決定戦をたまたま観ましたが、
あまりのストイックさに感銘を受けました。
そんな私なので、文藝春秋社の雑誌NUMBERは長年、愛読しています。
さて、前置きが長くなりました。
昨夜のシリア戦は凄い試合でしたね。国際大会の公式戦じゃなければ味わえ
ないようスリルがありました。
個人技でも、おそらく戦術でも、優れている日本が、簡単に勝てないどころか、
ヨルダン戦は、もう少しで負けるところでしたし、シリア戦も引き分けてしまう
危険はかなりありました。
もし予選リーグ敗退ということになったら、アルゼンチン戦に勝って、好調な
滑り出しのザック監督にも、責任論がでかねないところです。
(まだ確定では無いですが、昨日の勝点3で、決勝トーナメント進出は、
ほぼ大丈夫でしょう)
二試合を観て、私が感じたことが2つあります。
一つは、本当に日本のサッカーのレベルが上がったんだなぁということ。
欧州リーグで活躍している選手もたくさんいるので、当然とも言えるのですが、
いつのまにか、日本はアジアの大会だと、名実共に格上の戦いをするように
なっていたんですね。ボール支配率が高いだけでなく、試合の主導権も持って
いるし、個々の選手の力量でも、明らかに上回っているように見えたのは、
決してひいき目では無いと思います。
Jリーグをつくって良かったんだなと、今更ながら思いました。
もう一つは、サッカーは、不確実性のスポーツだな、ということ。
ヨルダン戦は、後半ロスタイムになるまで、1点負けてました。辛うじて、
引き分けに持ち込んだというのが事実です。
シリア戦も、同点に追いつかれると同時に、一人少ない人数で戦うという
不利な状態になりました。
じゃあ、何故、そんなことになったのか、その原因は何かと考えると
ヨルダンが取った1点は、まあ「事故」のようなものでした。
シリアのPKは、主審の誤審で、明らかなオフサイドでした。
(そのお返しで、日本に甘めのPKをくれたのは、アジアの審判らしいなと
笑ってしまいました。笑ってられる状況じゃなかったですけどね。本田が
PKを決めてくれて良かったです。)
もし、これが野球なら、もう少し具体的な理由があるような気がします。
相手の投手の出来映えが予想を超えてよかったとか、大事な場面で野手に
失策があったとか、「敗因」を呼べる事柄が見付かるのではないでしょうか?
アジア杯の2戦には、そこまでの要因は、私は見つけられずにいます。
個人技は高くても、まだ連携がうまく機能していないとか、昨日のシリア戦の
バックパスは不用意だったとか、言えることはあるとは思うのですが、
決定的な要因とは思えないです。
それでも、1勝1分という結果は、及第点だろうし、日本の地力だという
見方もできます。
ただ、ツイッターのタイムラインで散見できた意見で、私が一番うなずけたのは、
「これがアジアのサッカー」だという見解でした。
審判のレベル、反則すれすれの守備、そしてサッカーそのものが持っている
「番狂わせ」が他のスポーツに比べて起きやすいという性質。
そんなものが詰まった、不条理な世界ですね。
一般社会も、正しい者が勝つとは限らないし、理不尽なこともたくさんあります。
「スポーツは勝ち負けが、はっきりしているから観ていて楽しい」という見解を
持つ人も居るようですが、私はそうは思いません。
世の中の不条理が、反映されているから、惹きつけられているような気がします。
時折、週刊誌や単行本になっているプロ野球の監督のチーム運営を、
安易に大企業の組織論に当てはめるような言説には、ぐったりしますけれど、
サッカーの不確実と不条理に心奪われるアジア杯になっています。
願わくば、アジア杯の中で、チームの連携や戦術認識が高まって、優勝を見届けて
美味しいお酒を飲めるといいなと思っています。
http://www.asahi.com/sports/fb/japan/TKY201101140002.html
2011年1月14日金曜日
2011年1月12日水曜日
有料メルマガと映画「ソーシャル・ネットワーク」
今週は、ITmedia「誠ブログ」にブログを2本アップしました。
http://blogs.bizmakoto.jp/happydragon/
一つは、有料メルマガのユーザーサポート体制に関する問題提起です。
ある有名ジャーナリストの有料メルマガを購読したところ、メルマガが届かず
その対応が、ご本人名義で、ずいぶん遅いものだったので、驚いたという体験記です。
怒ったとか不愉快だったと言う事ではないのですが、音楽のファンクラブ運営などと
比較すると、あり得ないレベルだったので、皆さんはどう思われるのか訊いてみたくなりました。
先ほどアップしたもう一つは、今週末公開の映画「ソーシャル・ネットワーク」についてです。
私は試写会で観ているのですが、なかなか面白い映画です。
ただ、映画の内容と言うよりも、IT創業者が青春伝記映画の主人公のモデルになっていると
いうことに着目しました。
お時間あるときにご覧下さい。
こちらのブログにも書きます。
サッカーとか相撲とかスポーツネタがいいかなと思いつつ、、。
http://blogs.bizmakoto.jp/happydragon/
一つは、有料メルマガのユーザーサポート体制に関する問題提起です。
ある有名ジャーナリストの有料メルマガを購読したところ、メルマガが届かず
その対応が、ご本人名義で、ずいぶん遅いものだったので、驚いたという体験記です。
怒ったとか不愉快だったと言う事ではないのですが、音楽のファンクラブ運営などと
比較すると、あり得ないレベルだったので、皆さんはどう思われるのか訊いてみたくなりました。
先ほどアップしたもう一つは、今週末公開の映画「ソーシャル・ネットワーク」についてです。
私は試写会で観ているのですが、なかなか面白い映画です。
ただ、映画の内容と言うよりも、IT創業者が青春伝記映画の主人公のモデルになっていると
いうことに着目しました。
お時間あるときにご覧下さい。
こちらのブログにも書きます。
サッカーとか相撲とかスポーツネタがいいかなと思いつつ、、。
2011年1月2日日曜日
radikoの話
新年明けましておめでとうございます。
今年も変化の激しい年になりそうですが、頑張っていきたいですね。
初詣もまだですが、しっかりとした目標を持っていたいと思ってます。
さて、ITmediaの「誠ブログ」にブログをアップしました!
http://blogs.bizmakoto.jp/happydragon/entry/1593.html
radikoは、昨年、遂に本格放送が始まった、関東関西のラジオ番組がインターネットで
聴けるサービスです。
ラジオ、特にFM局に思い入れがある私としては、頑張ってもらいたいです。
業界の内部が、多少なりともわかっている者としては、radikoを成立させるために
関係各位が すごく苦労されただろう事は、想像に難くないのですが、
ユーザー目線で言えば、「too late too small」(遅すぎるし、できていることも少なすぎ
る)と思うので、 生意気ながら意見を書きました。
お時間ある時に、ご覧下さい。
本年も宜しくお願いします!
今年も変化の激しい年になりそうですが、頑張っていきたいですね。
初詣もまだですが、しっかりとした目標を持っていたいと思ってます。
さて、ITmediaの「誠ブログ」にブログをアップしました!
http://blogs.bizmakoto.jp/happydragon/entry/1593.html
radikoは、昨年、遂に本格放送が始まった、関東関西のラジオ番組がインターネットで
聴けるサービスです。
ラジオ、特にFM局に思い入れがある私としては、頑張ってもらいたいです。
業界の内部が、多少なりともわかっている者としては、radikoを成立させるために
関係各位が すごく苦労されただろう事は、想像に難くないのですが、
ユーザー目線で言えば、「too late too small」(遅すぎるし、できていることも少なすぎ
る)と思うので、 生意気ながら意見を書きました。
お時間ある時に、ご覧下さい。
本年も宜しくお願いします!
2010年12月23日木曜日
誠ブログ始めました!
誠ブログで、ブログを始めることになりました。
ミュージック・コンシェルジュふくりゅう君とのプロデューサーユニット「happy dragon」名義で『コンテンツとメディアの近未来』といテーマで書いていきます。
一回り違う辰年コンビです。お見知りおきください!
http://blogs.bizmakoto.jp/happydragon/
happydragonでtwitterアカウントも持つことにしました。
http://twitter.com/happydragon2011
こちらもフォローをお願いします。
誠ブログは、ある程度、お行儀良く、ビジネス的に
その分、こちらのブログはぶっちゃけて、個人的に
という感じで使い分けができればと思っています。
引き続き、宜しくお願いします!
ミュージック・コンシェルジュふくりゅう君とのプロデューサーユニット「happy dragon」名義で『コンテンツとメディアの近未来』といテーマで書いていきます。
一回り違う辰年コンビです。お見知りおきください!
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その分、こちらのブログはぶっちゃけて、個人的に
という感じで使い分けができればと思っています。
引き続き、宜しくお願いします!
2010年12月4日土曜日
白鵬の優勝と国際化とは何かについて
九州場所が終了して1週間経ちました。横綱白鵬の今年五度目(六場所中)の優勝で幕を閉じた。久々に千秋楽まで優勝争いがあって、盛り上がった気がします。子供の頃からの大相撲ファンの私も、横綱朝青龍の不行跡報道あたりから、ちょっとシラケて、最近は、熱心に見なくなってましたが、九州場所の後半は、録画して観ました。
幕の内力士の土俵入りを観ていると、本当に外国人関取が増えましたね。外国人力士が増えたことをネガティブにとらえることも多いですが、私は必ずしもそう思いません。但、その理由は、民族で差別をしてはいけないとか、相撲界ももっと開放的に変化していくべきだとかいうことではありません。私は相撲に関しては、保守的ファンなので、むしろ逆のベクトルの考え方を持っています。相撲は、古くからの伝統をでき得る限り守っていくべきだし、海外の文化や行動様式を相撲界に持ち込むことには、基本的に反対です。(例えば、女性を土俵に上げないことにも賛成です。将来女性首相が日本に誕生しても、この原則は守って欲しいです。男女差別ではなく、むしろ女性に対する憧憬の象徴だと思っています。)
私が白鵬を支持するのは、その取り口も考え方も、相撲の伝統に則っているからです。中途半端な日本人力士より、よっぽど相撲の歴史についても学んでいます。
今の大相撲の源流をどこに求めるかはいくつかの考え方があるとは思いますが、私は日本の農村社会をベースにしていると考えています。昭和初期は、身体の大きい農家の三男坊は、お腹いっぱいご飯を食べるために、相撲部屋の門を叩いたと言われています。日本の農村社会が崩壊した現在、相撲界の基礎は脅かされるのは必然です。そこにモンゴルや東ヨーロッパの人達が入ってくるのも社会の構造を考えると自然なことなのではないでしょうか?
そこで大切なのは、相撲が作り上げていた様式とその背景をきちんと伝承していくことです。日本語を教えるのは当然ですが、相撲の前提となっている文化をきちんと伝え、プロフェッショナルの関取になるというのは、その文化を背負うことであることを理解させるのが肝要です。朝青龍は素晴らしいアスリートで、横綱としては魅力的だったと思いますが(個人的には取り口が千代の富士に似ていて、私の好みではないのですが)高砂親方がきちんと教育できなかったことが、不幸なことでした。好角家としては、元大関朝汐は現役時代から、しまりのない男だったよな、と知った風な憎まれ口を言いたくなります。
話を戻すと、近代化、都市化が進んだ日本で、伝統を守るのが難しくなった日本の大相撲を、相対的に西洋化が進んでいないモンゴルの人達に支えられて守っているというのが、私から見えている相撲界の風景です。私が好きなのは相撲そのものなので、大切なのはその伝統が継承されていくことです。仮に血族的には完全な日本人でも、伝統を背負う気概がなければ、意味がありません。そういう意味で、今の外国人力士達の中にも素晴らしい力士はいると思います。特に横綱白鵬は、日本人以上に日本人らしいですよね。
国際化の流れは、インターネットの発達で、加速度的に進んでいきます。その際に、自分のアイデンティティをどこに置いて、何を変えて、何を変えないのかは大切です。相撲以外のことでは、私はリベラルな考えを持っていることが多いのですが、(例えばプロ野球は、国際標準の経営とルールに大至急するべきだと思っています。)日本人らしさは何なのかは、しっかり見極めて生きていきたいと思っています。
ちなみに、私は近年応援しているのは、稀勢の里でした。早く大関にと思っていたのですが、結果が出ないので、諦めかけていたのですが、今場所の活躍をきっかけに(白鵬の連勝を止めたことは歴史に残ります)飛躍を期待したいです。
幕の内力士の土俵入りを観ていると、本当に外国人関取が増えましたね。外国人力士が増えたことをネガティブにとらえることも多いですが、私は必ずしもそう思いません。但、その理由は、民族で差別をしてはいけないとか、相撲界ももっと開放的に変化していくべきだとかいうことではありません。私は相撲に関しては、保守的ファンなので、むしろ逆のベクトルの考え方を持っています。相撲は、古くからの伝統をでき得る限り守っていくべきだし、海外の文化や行動様式を相撲界に持ち込むことには、基本的に反対です。(例えば、女性を土俵に上げないことにも賛成です。将来女性首相が日本に誕生しても、この原則は守って欲しいです。男女差別ではなく、むしろ女性に対する憧憬の象徴だと思っています。)
私が白鵬を支持するのは、その取り口も考え方も、相撲の伝統に則っているからです。中途半端な日本人力士より、よっぽど相撲の歴史についても学んでいます。
今の大相撲の源流をどこに求めるかはいくつかの考え方があるとは思いますが、私は日本の農村社会をベースにしていると考えています。昭和初期は、身体の大きい農家の三男坊は、お腹いっぱいご飯を食べるために、相撲部屋の門を叩いたと言われています。日本の農村社会が崩壊した現在、相撲界の基礎は脅かされるのは必然です。そこにモンゴルや東ヨーロッパの人達が入ってくるのも社会の構造を考えると自然なことなのではないでしょうか?
そこで大切なのは、相撲が作り上げていた様式とその背景をきちんと伝承していくことです。日本語を教えるのは当然ですが、相撲の前提となっている文化をきちんと伝え、プロフェッショナルの関取になるというのは、その文化を背負うことであることを理解させるのが肝要です。朝青龍は素晴らしいアスリートで、横綱としては魅力的だったと思いますが(個人的には取り口が千代の富士に似ていて、私の好みではないのですが)高砂親方がきちんと教育できなかったことが、不幸なことでした。好角家としては、元大関朝汐は現役時代から、しまりのない男だったよな、と知った風な憎まれ口を言いたくなります。
話を戻すと、近代化、都市化が進んだ日本で、伝統を守るのが難しくなった日本の大相撲を、相対的に西洋化が進んでいないモンゴルの人達に支えられて守っているというのが、私から見えている相撲界の風景です。私が好きなのは相撲そのものなので、大切なのはその伝統が継承されていくことです。仮に血族的には完全な日本人でも、伝統を背負う気概がなければ、意味がありません。そういう意味で、今の外国人力士達の中にも素晴らしい力士はいると思います。特に横綱白鵬は、日本人以上に日本人らしいですよね。
国際化の流れは、インターネットの発達で、加速度的に進んでいきます。その際に、自分のアイデンティティをどこに置いて、何を変えて、何を変えないのかは大切です。相撲以外のことでは、私はリベラルな考えを持っていることが多いのですが、(例えばプロ野球は、国際標準の経営とルールに大至急するべきだと思っています。)日本人らしさは何なのかは、しっかり見極めて生きていきたいと思っています。
ちなみに、私は近年応援しているのは、稀勢の里でした。早く大関にと思っていたのですが、結果が出ないので、諦めかけていたのですが、今場所の活躍をきっかけに(白鵬の連勝を止めたことは歴史に残ります)飛躍を期待したいです。
2010年11月30日火曜日
LOVE FMの経営移管とFM局の認可について
名古屋のradio-iの破綻→放送免許返上に続いて、九州のLOVE FMが、経営破綻で事業譲渡しました。このニュースもtwitterで知ったのですが、そのやりとりで、私も含めて、みんなの知識が不十分だったことがわかり、少し調べてみました。
まず、今回の件は、「LOVE FM」(名称と免許)の運営会社が西鉄に代わる。西鉄は、コミュニティFM局、天神FMを運営していたのですが、法律的に2つのFM局は経営できないので、天神FMは廃止される。という内容です。実体としては、法人的には天神FMがLOVE FMを吸収合併して、名称はLOVE FMを名乗るという説明の方がわかりやすいですかね?
天神FMは、老舗のコミュニティFM局で充実した内容と確実なリスナーを持っていました。福岡にプロモーションに行く際は、私のマネージメントするアーティストもよくお世話になっていた局です。それだけに、愛着がある方も多く、天神FMが無くなる事に不満を感じた方がいたようですね。
FM局に限らず、放送局は、総務省の認可がなければできない事業です。20年位前から数を増やす方針になったようで、現在はNHKを除いて、全国の各県におおむね1局以上のFM局がある状態になっています。
音楽プロデューサーの現場的な感覚だとラジオ局は
1)NHK
2)FM局の王道という感じで、ほぼ全県にある、T-FM系列の県域のFM局、
3)若者向けの音楽に強い印象のある、2以外のFM局(J-wave、FM802、ZIPFM、north wave等)
4)昔からあって、中高年に強いAM局
5)新興の外国語放送局(InterFM、FMcocolo等)
の5つに分けて、イメージしています。
10年位前までは、FM局が火付け役になったヒット作やアーティスト(宇多田ヒカルが有名ですよね)もたくさんありましたので、地方キャンペーンの主軸はFM局の場合が多かったです。
そんな現場の耳学問的な私の知識は、
ラジオ局は認可ビジネスで、各県の新聞社や地場産業がまとまって親会社になっているのですが、外国語放送局は、新興なので資本が脆弱な場合が多い。その分、県域では認められない広域放送が認められている。
でした。
LOVE FMは、認可的には九州全域で放送できると聞いていて、今は九州北部だけだけど、営業活動がうまくいけば電波塔を増やしていく、というような噂もありました。今回調べて、実際の認可は現状の放送エリアと同じなことがわかりました。認可の趣旨的に九州エリアであれば、認可が得やすいということだったんでしょうね。
twitterのやりとりで、ラジオのお仕事をしている方でも認可のことを知らない方が多くて驚きました。
総務省関係の方にメール等で伺ったところ、
「県域FM局と外国語放送局の免許の違い」は、
放送区域と放送内容の違いだけで、
外国語放送局は、
「県域だと商売にならんということで当初から広域免許になってる由」
とのことです。
以下は、読み出すと頭痛くなるので、詳しく知りたい方のために、引用。
ちなみに、協会の放送→NHK、学園の放送→放送大学、一般放送事業者→民放
だそうです。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■放送局免許の基本的枠組みは「放送普及基本計画」に定められ、
(PDF資料→http://www2.arib.or.jp/johomem/pdf/1988/1988_0660.pdf )
第1 1(1)ア(ウ)超短波放送 (上記PDFのP2)
第2 2(2)ウ超短波放送 (上記PDFのP10~11)
にあるとおり、
FMラジオ放送は基本的には県域単位でNHKと民放1~2社、
他に外国語放送局が関東・中京・関西・九州の広域圏単位で1社免許。
(外国語放送の放送対象地域を別途定めている告示→
http://www2.arib.or.jp/johomem/pdf/1995/1995_0052.pdf )
●外国語放送の内容→放送局開設の根本的基準第三条第四項(15)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25F30901000021.html
●事業譲渡や経営破たんの状況→
http://radioradiko.blog52.fc2.com/blog-entry-55.html
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
これも初めて知りましたが、
外国語放送は阪神淡路大震災のとき外国人が情報遮断状態だったことを教訓に
1995年から電波の割り当てを始めた新しい放送局だそうです。
「国際交流の増進を目的として、外国語による放送を通じて日本人が海外の文化、産業
その他の事情を理解すること及び本邦に居住又は滞在する多くの国籍の外国人が
我が国の文化、産業その他の事情を理解することに資するものであること」
というのが認可の条件で、初期は全部英語のみで放送とかしてましたよね。
InterFMなどを聴いていると、この基準もだいぶ形骸化しているようですが。
ということで、調べていても、あまり楽しい話ではなかったです。
役所が認可をするビジネスが、時代遅れで倒れていくのは、
広く言えば日本航空とか、銀行とか、日本各所で起きていますよね。
総じて言うと、radio-iやLOVE FMの破綻は、これまで許認可をとれば、必ず成り立っていた
「ラジオ局」というビジネスが、景気の低迷やメディアの多様化で、つぶれることも
あるという、よく考えれば当たり前のことが起きているということだと思います。
テレビのローカル局が、各県ごとに3つも4つもあるのも、維持できないくなるでしょうね。
見方を変えれば、中身でユーザーに支持されることが今まで以上に重要になった訳で、
必ずしも悲観的に捉える必要はないと思います。
音楽を大切にしてくれるラジオマン達の働き場は、無くならないというか、インターネットの発達でむしろチャンスが増えたと思ってもらいたいですね。
そういう意味で、例えばradikoは、「難聴取者対策」という言い訳から脱して、ポジティブなビジネスとして発展して欲しいです。
そう言えば、総務省や放送関係者と話をするときは、放送と通信の「融合」ではなく、「連携」という言葉遣いをしないといけないと、最近、友人から聞きました。あほらしいね。実際は「溶解」なのに。
それから、本稿は、私なりに一通りは調べて書いたつもりですが、門外漢につき、勘違いや間違いがあるかもしれません。遠慮無くご指摘いただけるとありがたいです。
まず、今回の件は、「LOVE FM」(名称と免許)の運営会社が西鉄に代わる。西鉄は、コミュニティFM局、天神FMを運営していたのですが、法律的に2つのFM局は経営できないので、天神FMは廃止される。という内容です。実体としては、法人的には天神FMがLOVE FMを吸収合併して、名称はLOVE FMを名乗るという説明の方がわかりやすいですかね?
天神FMは、老舗のコミュニティFM局で充実した内容と確実なリスナーを持っていました。福岡にプロモーションに行く際は、私のマネージメントするアーティストもよくお世話になっていた局です。それだけに、愛着がある方も多く、天神FMが無くなる事に不満を感じた方がいたようですね。
FM局に限らず、放送局は、総務省の認可がなければできない事業です。20年位前から数を増やす方針になったようで、現在はNHKを除いて、全国の各県におおむね1局以上のFM局がある状態になっています。
音楽プロデューサーの現場的な感覚だとラジオ局は
1)NHK
2)FM局の王道という感じで、ほぼ全県にある、T-FM系列の県域のFM局、
3)若者向けの音楽に強い印象のある、2以外のFM局(J-wave、FM802、ZIPFM、north wave等)
4)昔からあって、中高年に強いAM局
5)新興の外国語放送局(InterFM、FMcocolo等)
の5つに分けて、イメージしています。
10年位前までは、FM局が火付け役になったヒット作やアーティスト(宇多田ヒカルが有名ですよね)もたくさんありましたので、地方キャンペーンの主軸はFM局の場合が多かったです。
そんな現場の耳学問的な私の知識は、
ラジオ局は認可ビジネスで、各県の新聞社や地場産業がまとまって親会社になっているのですが、外国語放送局は、新興なので資本が脆弱な場合が多い。その分、県域では認められない広域放送が認められている。
でした。
LOVE FMは、認可的には九州全域で放送できると聞いていて、今は九州北部だけだけど、営業活動がうまくいけば電波塔を増やしていく、というような噂もありました。今回調べて、実際の認可は現状の放送エリアと同じなことがわかりました。認可の趣旨的に九州エリアであれば、認可が得やすいということだったんでしょうね。
twitterのやりとりで、ラジオのお仕事をしている方でも認可のことを知らない方が多くて驚きました。
総務省関係の方にメール等で伺ったところ、
「県域FM局と外国語放送局の免許の違い」は、
放送区域と放送内容の違いだけで、
外国語放送局は、
「県域だと商売にならんということで当初から広域免許になってる由」
とのことです。
以下は、読み出すと頭痛くなるので、詳しく知りたい方のために、引用。
ちなみに、協会の放送→NHK、学園の放送→放送大学、一般放送事業者→民放
だそうです。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■放送局免許の基本的枠組みは「放送普及基本計画」に定められ、
(PDF資料→http://www2.arib.or.jp/johomem/pdf/1988/1988_0660.pdf )
第1 1(1)ア(ウ)超短波放送 (上記PDFのP2)
第2 2(2)ウ超短波放送 (上記PDFのP10~11)
にあるとおり、
FMラジオ放送は基本的には県域単位でNHKと民放1~2社、
他に外国語放送局が関東・中京・関西・九州の広域圏単位で1社免許。
(外国語放送の放送対象地域を別途定めている告示→
http://www2.arib.or.jp/johomem/pdf/1995/1995_0052.pdf )
●外国語放送の内容→放送局開設の根本的基準第三条第四項(15)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25F30901000021.html
●事業譲渡や経営破たんの状況→
http://radioradiko.blog52.fc2.com/blog-entry-55.html
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
これも初めて知りましたが、
外国語放送は阪神淡路大震災のとき外国人が情報遮断状態だったことを教訓に
1995年から電波の割り当てを始めた新しい放送局だそうです。
「国際交流の増進を目的として、外国語による放送を通じて日本人が海外の文化、産業
その他の事情を理解すること及び本邦に居住又は滞在する多くの国籍の外国人が
我が国の文化、産業その他の事情を理解することに資するものであること」
というのが認可の条件で、初期は全部英語のみで放送とかしてましたよね。
InterFMなどを聴いていると、この基準もだいぶ形骸化しているようですが。
ということで、調べていても、あまり楽しい話ではなかったです。
役所が認可をするビジネスが、時代遅れで倒れていくのは、
広く言えば日本航空とか、銀行とか、日本各所で起きていますよね。
総じて言うと、radio-iやLOVE FMの破綻は、これまで許認可をとれば、必ず成り立っていた
「ラジオ局」というビジネスが、景気の低迷やメディアの多様化で、つぶれることも
あるという、よく考えれば当たり前のことが起きているということだと思います。
テレビのローカル局が、各県ごとに3つも4つもあるのも、維持できないくなるでしょうね。
見方を変えれば、中身でユーザーに支持されることが今まで以上に重要になった訳で、
必ずしも悲観的に捉える必要はないと思います。
音楽を大切にしてくれるラジオマン達の働き場は、無くならないというか、インターネットの発達でむしろチャンスが増えたと思ってもらいたいですね。
そういう意味で、例えばradikoは、「難聴取者対策」という言い訳から脱して、ポジティブなビジネスとして発展して欲しいです。
そう言えば、総務省や放送関係者と話をするときは、放送と通信の「融合」ではなく、「連携」という言葉遣いをしないといけないと、最近、友人から聞きました。あほらしいね。実際は「溶解」なのに。
それから、本稿は、私なりに一通りは調べて書いたつもりですが、門外漢につき、勘違いや間違いがあるかもしれません。遠慮無くご指摘いただけるとありがたいです。
2010年11月27日土曜日
電子書籍は音楽配信の夢を見るか(4)
今回が完結編です。
いささか僭越ですが、電子書籍に提言をして終わろうと思います。
本稿は、出版社のデジタル担当の方向けに勉強会でスピーカーをした際に作成したものです。ですから、編集者の方に対する提言になっています。ちなみに、タイトル「電子書籍は~」も、私がつけたものではありません。A新聞社のS君が決めてくれました。彼が書いてくれた
紹介文は以下の通りです。
「出版コンテンツのデジタル化がもたらす未来とは。 デジタル化されたコンテンツを端末に
詰めて持ち運ぶ時代の波を、2001年の時点で受けていた音楽業界 流行の発信地であったHMV渋谷は消え、大手レコード会社は存在意義を失った。 出版業界の将来を展望するうえで、一歩先をいく音楽業界のたどってきた道を改めて見つめなおす。」
電子書籍に3つの提言
~音楽プロデューサーの立場から~
1.プラットフォームは、公共財と考える
プラットフォームや技術フォーマットでの覇権争いは不毛。パブリックで透明性の
高い仕組みを構築し、手数料率を下げ、IT事業者に主導権を握られずにコンテンツ
側の配分を増やす方法を業界全体で考える。
2.マルチユース発想でプランニングする
電子書籍を書籍の代替ではなく、多様で成熟した日本の消費者に対応しやすい
ツールと前向きにとらえ、書籍や書店等の既存の経営資源と連動・補完させる戦略
をコンテンツ(ジャンル)ごとに構築していく。携帯、タブレット、PC等デバイス
ごとに対応したプロデュースワークを行う。
3.分配料率を再構築する
分配料率の考え方そのものを再構築。紙の書籍の読み替えも著者直営(70%)も主流
には、なり得ない。編集者の役割を著作隣接権的に捉え、企画、宣伝等貢献も数値
化して検証していく仕組みを持つ。産業として、公平で再生産可能な、新しい分配
思想をつくっていくことが肝要。
順に解説します。
1.プラットフォームは、公共財と考える
コンテンツプロデューサーにとって、当たり前ですが、大切なのはコンテンツです。プラットフォームや技術フォーマットは、読者の利便性のために重要ですが、手段に過ぎません。現在の電子書籍に関する議論は、ここの整理が不十分な場合が多いようです。
村上龍さんが新しい電子書籍の会社をつくったのも話題になりましたが、さらっと「技術的な部分がリクープされた後は~」という部分があり、気になりました。デバイスやOSのバージョンアップに終わりはありません。この判断の主導権を持っていないと、IT側の費用がいつまでたってもリクープされない事態になります。実業では、そのことがかなりバイタルなポイントになるのです。読者の利便性を図った上で、作家や出版社などのコンテンツ側にできるだけ高い料率を担保することが、電子書籍における正義の筈です。
余談ですが、村上龍さんの新しい会社に関する私の見解も述べておきます。音楽の著名アーティストが自分でレーベルをつくる事例に重ね合わせる論評も多かったですが、確かに似ていると思いました。その経験も踏まえていうと、アーティスト主導のビジネススキームが、業界のデファクトになったケースはありません。そういう意味では失敗すると思います。ただ、村上さんやその周辺の作家が、ご自分の料率や納得度が高い形でビジネスをすることができる可能性は十分にあると思います。ただ、これも音楽の例になぞらえるとすると、そこから才能ある新人アーティストが出てくるケースが非常に少ないのも、偶然とは言えない気がしています。
角川歴彦さんが、著書の中で、日本国産クラウドの必要性について語られていましたが、私は、強く共感します。
2.マルチユース発想でプランニングする
素晴らし書籍をつくるというノウハウは、職人的なものでしょうから、どうしても、ディテールのノウハウに固執してしまいがちです。その職人芸を守ることも重要だと私は思います。ただ、デジタルコンテンツというカテゴリーができたときから、音楽も小説も映画も写真も(プロ野球チームも?)同じコンテンツなのです。従来の発想にとらわれずに、様々なデバイス、シチュエーションでユーザーを楽しませる、感動させるということを追求するのがこれからの編集者の責務の筈です。
また、従来のカテゴリーも意味がありません。音楽やテキストや写真や動画という枠を超えた新しいジャンルのコンテンツでヒット作をつくることが、本当に意味でも市場の活性化です。不肖、私もそんな新しい作品つくりにコンテンツプロデューサーとして関わりたいと思っています。
3.分配料率を再構築する
レコード会社と同じ過ちを犯してはなりません。CDの読み替えで音楽配信の料率を決めようとしたことは、日本の音楽業界の発展のためにはマイナスでした。電子書籍も紙の書籍の料率をベースにするのではなく、0ベースから分配比率を考えていくことをお薦めします。同時に「作家とプラットフォームと読者がいればいいのだ、iPhoneなら70%だ」という論理も、ビジネスという観点では私は間違いだと思っています。音楽では、レコード製作者に著作隣接権が認められています。(この場合のレコード製作者の定義にもいろいろ問題があるのですが、それはともかく)編集者も同様の立場が認められて、しかるべきです。音楽における原盤権の発想も参考になるかもしれません。リスクを負って新しい才能を育て、プロフェッショナルなスキルで商品をユーザーに届ける自分たちのノウハウを、言語化し、数値化することが、電子書籍の時代には必要なのでは無いでしょうか?個人の集積だけでは達成できない、生態系をつくってきたという自負を、出版社が持つべきだと私は考えます。
以上が、音楽プロデューサーから出版社で働く編集者の皆さんへの提言です。
ご無礼があったらお許し下さい。
また、門外漢であるが故の、思い違いもあるかもしれません。遠慮無くご指摘下さい。
出版社以外の立場の方からのご批判も甘受します。
これを機会に論議を深めていけたら嬉しいです。
このような機会を設けて下さったエミューの会の皆さんに感謝しつつ
当日のプレゼンテーションシートを下記に公開しました。
ご興味のある方は、ご覧下さい。
http://www.slideshare.net/NorikazuYamaguchi/ss-5960417
いささか僭越ですが、電子書籍に提言をして終わろうと思います。
本稿は、出版社のデジタル担当の方向けに勉強会でスピーカーをした際に作成したものです。ですから、編集者の方に対する提言になっています。ちなみに、タイトル「電子書籍は~」も、私がつけたものではありません。A新聞社のS君が決めてくれました。彼が書いてくれた
紹介文は以下の通りです。
「出版コンテンツのデジタル化がもたらす未来とは。 デジタル化されたコンテンツを端末に
詰めて持ち運ぶ時代の波を、2001年の時点で受けていた音楽業界 流行の発信地であったHMV渋谷は消え、大手レコード会社は存在意義を失った。 出版業界の将来を展望するうえで、一歩先をいく音楽業界のたどってきた道を改めて見つめなおす。」
電子書籍に3つの提言
~音楽プロデューサーの立場から~
1.プラットフォームは、公共財と考える
プラットフォームや技術フォーマットでの覇権争いは不毛。パブリックで透明性の
高い仕組みを構築し、手数料率を下げ、IT事業者に主導権を握られずにコンテンツ
側の配分を増やす方法を業界全体で考える。
2.マルチユース発想でプランニングする
電子書籍を書籍の代替ではなく、多様で成熟した日本の消費者に対応しやすい
ツールと前向きにとらえ、書籍や書店等の既存の経営資源と連動・補完させる戦略
をコンテンツ(ジャンル)ごとに構築していく。携帯、タブレット、PC等デバイス
ごとに対応したプロデュースワークを行う。
3.分配料率を再構築する
分配料率の考え方そのものを再構築。紙の書籍の読み替えも著者直営(70%)も主流
には、なり得ない。編集者の役割を著作隣接権的に捉え、企画、宣伝等貢献も数値
化して検証していく仕組みを持つ。産業として、公平で再生産可能な、新しい分配
思想をつくっていくことが肝要。
順に解説します。
1.プラットフォームは、公共財と考える
コンテンツプロデューサーにとって、当たり前ですが、大切なのはコンテンツです。プラットフォームや技術フォーマットは、読者の利便性のために重要ですが、手段に過ぎません。現在の電子書籍に関する議論は、ここの整理が不十分な場合が多いようです。
村上龍さんが新しい電子書籍の会社をつくったのも話題になりましたが、さらっと「技術的な部分がリクープされた後は~」という部分があり、気になりました。デバイスやOSのバージョンアップに終わりはありません。この判断の主導権を持っていないと、IT側の費用がいつまでたってもリクープされない事態になります。実業では、そのことがかなりバイタルなポイントになるのです。読者の利便性を図った上で、作家や出版社などのコンテンツ側にできるだけ高い料率を担保することが、電子書籍における正義の筈です。
余談ですが、村上龍さんの新しい会社に関する私の見解も述べておきます。音楽の著名アーティストが自分でレーベルをつくる事例に重ね合わせる論評も多かったですが、確かに似ていると思いました。その経験も踏まえていうと、アーティスト主導のビジネススキームが、業界のデファクトになったケースはありません。そういう意味では失敗すると思います。ただ、村上さんやその周辺の作家が、ご自分の料率や納得度が高い形でビジネスをすることができる可能性は十分にあると思います。ただ、これも音楽の例になぞらえるとすると、そこから才能ある新人アーティストが出てくるケースが非常に少ないのも、偶然とは言えない気がしています。
角川歴彦さんが、著書の中で、日本国産クラウドの必要性について語られていましたが、私は、強く共感します。
2.マルチユース発想でプランニングする
素晴らし書籍をつくるというノウハウは、職人的なものでしょうから、どうしても、ディテールのノウハウに固執してしまいがちです。その職人芸を守ることも重要だと私は思います。ただ、デジタルコンテンツというカテゴリーができたときから、音楽も小説も映画も写真も(プロ野球チームも?)同じコンテンツなのです。従来の発想にとらわれずに、様々なデバイス、シチュエーションでユーザーを楽しませる、感動させるということを追求するのがこれからの編集者の責務の筈です。
また、従来のカテゴリーも意味がありません。音楽やテキストや写真や動画という枠を超えた新しいジャンルのコンテンツでヒット作をつくることが、本当に意味でも市場の活性化です。不肖、私もそんな新しい作品つくりにコンテンツプロデューサーとして関わりたいと思っています。
3.分配料率を再構築する
レコード会社と同じ過ちを犯してはなりません。CDの読み替えで音楽配信の料率を決めようとしたことは、日本の音楽業界の発展のためにはマイナスでした。電子書籍も紙の書籍の料率をベースにするのではなく、0ベースから分配比率を考えていくことをお薦めします。同時に「作家とプラットフォームと読者がいればいいのだ、iPhoneなら70%だ」という論理も、ビジネスという観点では私は間違いだと思っています。音楽では、レコード製作者に著作隣接権が認められています。(この場合のレコード製作者の定義にもいろいろ問題があるのですが、それはともかく)編集者も同様の立場が認められて、しかるべきです。音楽における原盤権の発想も参考になるかもしれません。リスクを負って新しい才能を育て、プロフェッショナルなスキルで商品をユーザーに届ける自分たちのノウハウを、言語化し、数値化することが、電子書籍の時代には必要なのでは無いでしょうか?個人の集積だけでは達成できない、生態系をつくってきたという自負を、出版社が持つべきだと私は考えます。
以上が、音楽プロデューサーから出版社で働く編集者の皆さんへの提言です。
ご無礼があったらお許し下さい。
また、門外漢であるが故の、思い違いもあるかもしれません。遠慮無くご指摘下さい。
出版社以外の立場の方からのご批判も甘受します。
これを機会に論議を深めていけたら嬉しいです。
このような機会を設けて下さったエミューの会の皆さんに感謝しつつ
当日のプレゼンテーションシートを下記に公開しました。
ご興味のある方は、ご覧下さい。
http://www.slideshare.net/NorikazuYamaguchi/ss-5960417
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