2012年11月25日日曜日

NHK FM「元春レイディオ・ショー」に出演します。


 それは、記憶に無いくらい色んな種類の汗をかく体験だった。高校時代からのファンで、敬愛する佐野元春さんからラジオ出演の依頼をいただき、1時間番組で対談した。秘書の方からオフィスにお電話をいただいたときは、僕のアシスタントも混乱したらしい。「山口は外出しております。ご依頼の内容はわかりましたが、どのアーティストへのゲストのご依頼ですか?」と答えてしまったと苦笑しながら報告があった。そりゃそうだろう。執筆やセミナーへの出演などの「副業」の稼働も、最近は増えてきているけど、ラジオ出演は初めてだ。ましてNHKFMの名門アーティスト番組。お受けする旨をお伝えして暫くしてから「あっ!俺、ラジオ初めてだ」と思って、不思議な気分になった。

 音楽プロデューサーとしてアーティストマネージメントとしてラジオ局には散々お世話になっている。2004年には『月凪』という曲で全国FM局パワープレイの新記録をつくらせてもらった。親しくさせていただいているプロデューサー、ディレクターも多い。ラジオ収録に立ち会った回数なんて数え切れない。でも俺、初めてだったと、また別の汗をかいた。「大丈夫かな?」
 ユーザーとして楽曲は聴いているし、業界の先輩方がスタッフとして関わってられたから、お人柄についても伝え聞いている。でも、面識は全く無かったので、収録前にお会いしておきたくて、事前に時間をいただいた。
 佐野元春さんは、インターネットに関して、最も先駆的な試み、関わり方をされてきたアーティストだ。音楽活動も積極的で、最近だと、雪村いづみさんとのデュエットも素晴らしかった。NHKテレビ『ザ・ソングライターズ』でもインテリジェンスが光っていた。そんな事を思いながら、打合せに向かった。

 都内の閑静なエリアにある広いオフィス。大きなソファとテーブルがゆったりとしたスペースの真ん中にある。1時間の予定だったけれど、打合せを終えて失礼したときには2時間経ってた。「音楽配信の未来」について話したいとのことだったので、周辺状況も含めて、僕の知っていること、考え方などを率直に話し、佐野さんのスタンスを伺った。広範な知識としっかりとしたアーティストらしいお考えをお持ちだった。ビジネスマンである僕とは立場は違うけれど、ベクトルは一緒だった。「僕の番組は音楽が好きなリスナーが聴いている。山口さんや僕は色んな情報も持っているけれど、この日は現状への不満3割、未来の希望7割のバランスで話したいけど、どう?」と言われ、「大賛成です。」と答えた。

 内容については、オンエアーを聞いて欲しいけれど、良かったのは、2時間弱の打合せの間、世間話が一つもなかったこと。音楽業界でのキャリアの長い人同士の初対面は、しばしば「あの人を知っている?」という話の応酬になる。お互いの人脈をすり合わせることで、安心しようとするし、どんなキャリアの人かを探り合うようなやりとりに時間を割くことになる場合が多い。ところが、この日は全く無かった。僕の書籍もブログも読んでいると最初に伺ったので、自己紹介は省いて、自分の考えと、国内外の音楽ビジネス・サービスに関して知っていることを話した。「一流の人は”業界”ずれしない」という事は知っていたつもりだけど、真摯に語る佐野さんの姿は本当に素敵だった。

 収録当日は、ガチンコだった。向かい合って座り、質問を投げかけられる。構成台本を見ながら話せるかと思っていたので、メモ一つ無い状態で、緊張感はマキシマムまで高まった。後から考えると、ジューシーな会話にするという意図だったのかもしれない。ミュージシャンのセッションみたいな感覚だなと、妙に納得がいった。その状況にきちんと対応できたかどうか、自信は無いけれど、佐野さんの包容力のお陰で、上手じゃ無いけど、嘘の無い話ができた気がしている。

 NHKの収録スタジオは、佐野さんが入られると、ぴーんと張り詰めて良い感じだった。スタッフが緊張感を持って仕事をしている現場は好きだ。ゲストの僕はリラックスした振りをするのが役割と思い、立ち会いにいらしていた伝説のディレクター湊さんと『サウンドストリート』の昔話などしながら、セッティングを待っていた。

 打合せの時にご本人にもお伝えしたけれど、カラオケボックスが一般的になる前、カラオケが苦手な僕が飲み屋に連れて行かれて、どうしても歌わなければならないときはいつも『Someday』を歌っていた。25年位前のレーザーかテ8トラのカラオケで、僕が歌いたいと思える曲は、他に無かったんだ。
 もう一つ。ご本人にお伝えしそびれたエピソードがあった事を、佐野さんのベスト盤を聴きながら思い出した。高校時代にやっていたバンドで、たぶんNHKの番組の主催のコンテストに出場した。その時のゲスト審査員が佐野さんだった。僕はキーボーディストだったけど、作詞には関わっていて、歌詞を褒められて喜んだ記憶がある。もう30年位前の事だ。

 そんな方からのご指名でラジオで対談するなんて、光栄なことだなぁ。そして、僕の憧れは裏切られること無く、素晴らしい体験をすることができた。柄にも無く、神様に感謝したい気分。記念撮影をねだってしまったのは、友人なら驚くだろう、僕には珍しいこと。「ブログにアップしちゃダメ!」と言われたので、このまま家宝にします^^ 

 放送は12月4日(火)23時〜24時。NHKFMです。お時間ある方は、聞いてみてください。すごく緊張して、へたくそな説明の僕が、でも嬉しそうに話してるはず。
●「元春レイディオ・ショー」オフィシャルサイト


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 佐野さんも読んでくださったらしい僕らの本『ソーシャル時代に音楽を"売る"7つの戦略』はこちら。発展させて、メールマガジンとして活動を継続しています。音楽ビジネスに興味のある方は、是非ご購読ください。
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 音楽ビジネスの新スキームへの挑戦の一環でもある「j-Pad Girls」は、クラウドファンディングを使って、2nd Seasonのサポーターを募集中です。興味を持った方は是非参加してください!温かいご支援をお待ちしてます<(_ _)>
●「j-Pad Girls」東京から世界に発信するメディアアート・プロジェクト

2012年11月18日日曜日

 j-Pad Girls「ボードメンバー制度」始めます 〜クラウドファンディング実践中〜


 新プロジェクト「j-Pad Girls」は、2ndSeasonが始まり、お陰様で好評。権威ある「週刊文春web」で紹介されたのはありがたかったけど、自分まで撮影されたのは恥ずかしかった。ただ、一流のカメラマンは、被写体をいじるのも上手だし、シャッターチャンスを逃さない。萩庭さんのお陰で、「破顔一笑」という感じの写真が掲載されている。これなら好感度あがるかなぁ?(笑)
 
 
 総合プロデューサーを名乗る僕としては、「ソーシャルメディア最適化コンテンツ」とは何かという事をいつも考えている。全てが可視化されるソーシャルメディア上で注目され、共有され、話題にされ、拡散されるにはどうすればよいのか、そして、ユーザーとコミュニケーションをとりながらコンテンツをプロデュースするってどういうことなんだろう?そんな事ばかり考えている。
 『ソーシャル7』の共著者でソーシャルメディアに関する僕の師匠である、髙野修平君の言葉を借りれば「共有」「共感」「共鳴」の3つを、どうすれば起こせるのか?

 そんな問題意識の中での、一つのトライが「ボードメンバー制度」だ。そもそも「j-Pad Girls」はプロジェクトの開始の発表をクラウドファンディングのサイトで行った。「僕たち、こんなことやるので、お金出してください」と、公の場で言うのは、勇気のいることだった。従来の業界の人からは「蛮勇を奮った」と見えるかもしれない。
 エンターテインメントビジネスの方法論の一つとして、クラウドファンディングは可能性を感じている。プロジェクトを始める前に、ユーザーの審判を受けるという側面もあって、ドキドキ感が満載だ。先日も、AIU RATNAというアーティストのインドネシアからの来日資金をCampfireというサイトで集めだけど、目標金額に達したのは締切当日で、冷や汗をかいた。(ご支援いただいた皆様、本当にありがとうございました)



 今回の「ボードメンバー制度」は、クラウドファンディングにふさわしい「リターン」として考えた。「このプロジェクトは面白いから応援しよう!」と思ってくれたユーザーには、継続して見守ってもらいたいし、意見も聞きたい。
 Board memberは日本語に訳せば「取締役」。株式会社では、株主から経営の方向性を決める役割。「j-Pad Girls」は、僕と浅田祐介が代表執行役みたいな立場だけれど、重要なことの意見を聞く場をユーザーと持ちたいと思ったんだ。

 プロデュースをしている過程で、ユーザー目線だと、どう感じるのか知りたいと思ったことはこれまでもある。例えば、ジャケット写真やアーティスト写真のチョイス。プロデュース方針に合うかどうか、クオリティ的にOKかどうかは、プロとして即座に判断できるけど、ディテールでは「どっちもありだなぁ。どっちがいいかなぁ?」と悩むことも意外に多い。せっかく、クラウドファンドで支援者を募るのなら、そういう選択に参加して貰うのもいいのではないかと。幸い今は、フェイスブックの非公開グループなどを使えば、簡単にコミュニケーションや投票などもできる。「ソーシャルメディア最適化」プロデュースとしてのトライアル。
 プロモーションキット付で2000円。YouTubeなどの動画には名前もクレジットできる。スタッフと対話できる立場を手に入る。僕らプロデューサー陣はドキドキだけど、みなさんにはワクワク感を少しでも与えられたら嬉しいな。

 2月14日は初のリアルイベントもやります。VJイベントみたいなつもりだったんだけど、やる気満々のアーティストが1st Season、2nd Senasonから計6人。卒業間近のMayと北京在住の羅さん以外は、歌いに来てくれることになった。相沢まき、船田真妃、山下瑞稀、伊藤寿賀子、酒井蘭、小幡尚美(敬称略)。週刊文春webの写真を見て欲しい。さすがに、美女・美少女好きを自称するキャスティングプロデューサー松本拓也入魂のキャスティング。これだけ多種多様な、でも本物の「美女」が揃うことって、なかなか無いんじゃないかなぁ?眼福って言葉があるけど、まさに観てるだけで、なんか幸せな気分になるよ。しかも、みんな表現力が豊か。歌にサムシングがある。ステージ上も最新のテクノロジーをアナログ感で採り入れる「j-Pad Girls」らしいイベントにしたいと、知恵を絞って、相談しているところ。ライブの入場券付はプラス3000円。70人も入れば満員になる渋谷の小さなクラブスペースでやるつもり。彼女たちと飲める訳じゃ無くて、僕らスタッフとだけど、打上げへの参加権付のリターンもあるよ。
 今回のイベントがうまくいったら、もう少し大規模にしていきたいと思っている。その辺のやり方も「ボードメンバー」に相談したい。

 実は、3rd Seasonのキャスティングも進行していて、そろそろ次の4人も決まりそう。「ボードメンバー」は「秘密保持」の規約に同意して貰うので、解禁前の情報もリークしちゃいます。その次のキャスティング候補のアイデアも募ります。
 そんな「ボードメンバー制度」、参加してみませんか?



追伸:僕が監修して、音楽ビジネスの未来について考えるメールマガジンを11/20(火)に創刊することになりました。週刊。今なら無料だから、こちらもチェックして登録してね!

2012年10月14日日曜日

j-Pad Girls経過報告 〜初のチャートイン!もkickstaterは不成立〜



 東京から世界へ発信するメディアアートプロジェクト「j-Pad Girls」頑張ってます!
 ”ソーシャルメディア最適化”を宣言しちゃったので、ともかく可視化して挑戦中。

 3曲目で初のチャートイン!

 3人目に登場の相沢まきさんの「君をのせて」は、初めてチャートインしました。Amazonのmp3ダウンロードランキングで1位(!) iTunesのミュージックビデオのj-Popランキング17位、レコチョクビデオクリップチャート87位とランクイン!嬉しい結果です。
 宮崎駿アニメ『天空の城ラピュタ』から「君をのせて」をカバー。しっとりとした声だけでつくられた透明感が、楽曲の世界観と合っているのでは?
 テレビではコミカルな側面を見せることも多い相沢さんですが、表現力もあって、芸達者な方です。気遣いも素晴らしく、長く人気があるのがわかります。彼女とは、今後も継続してなにかやれるとよいなと思ってます。
 まだの方は、こちらで動画をご覧下さい!


 米国でのクラウドファンディングは失敗!
 さて、次は残念な報告。米国の代表的なクラウドファンディング 「Kickstarter」は目標額に達せず、失敗しました。
 6backersで$575しか集まりませんでした。6人の内、二人は私とキャスティングPの松本さんなので、実質4人しか届かなかったという厳しい結果。
 Kickstarterのサイトから「unfortunately で始まるメールがきたけど、まさに、こう言うときに使う言葉だな。「残念ながら」って感じでしょうか。
 米国のニュースサイトやブロガーなどにきちんと働きかける努力が足らなかったと思います。Kickstaterのサイトに載せるだけではダメというのは当たり前だよね。Facebookのファンは12000人まで増えているのですが、アジアが中心。PR会社もj-Pad Girlsのチームに入ってくれたので、体制を立て直して、捲土重来を期します!米国ユーザーによるクラウドファンディングは、既に成功している場所なので、何とか食い込みたいです。

 ということで、自戒も込めて(罰ゲーム?)超恥ずかい映像を公開。英語が下手なのはともかく、出っ腹が目立つのが自分的にはNGなのですが、、、怪しいアジア人だよね?浅田祐介さんと山下瑞稀ちゃんは頑張ってくれたのですが、、。unfortunately!!
 みんながお辞儀しているのは、日本のカルチャーの象徴の意味で、お詫びしている訳ではありません^^
 
 スーパーパトロン紹介 
  一方、お陰様で、サクセスをした、日本のクラウドファンディングCampfireで、前回スーパーパトロンになってくださった方は4人です。ブログでの紹介の許可をいただいたのはその内の1名なので、ここでご紹介します。
  
 福澤栄昭さん Twitter @atama_necktie 
    j-Pad Girls支援のきっかけ:CAMPFIREにてプロジェクトを知り、音楽の形としてありそうでなかった物であると感じた事と、 面白そうであると感じた事が支援のきっかけです。。また、リターンが魅力的だった事も支援のきっかけの一つです。 

 福澤さんありがとうございます。ツイッター等で、いつも積極的な拡散協力をしていただいて、感謝してます。サポーターの皆さんに支えられて、プロジェクトは前に進んでいくのだと思います。

 j-Pad Girlsはまもなく、第2弾参加アーティストの発表です。また、4人まとめての予定で、今回もCampfireからの情報解禁にさせてもらおうと思ってます。(もう、言いたくてたまらない、、、、けど、まだ秘密です)
 水面下では既に、第3弾のキャスティング中。関連企画も相談中です。プロセスをバレバレにしながら、皆さんと一緒にやっていければ、100人やるのは2年以上かかると思うので、気持ちをながーく持って、継続的な応援をお願い致しまする。

 それにしても、このブログは、更新をさぼりすぎだよね^^; 構えすぎる癖があるので、気軽に書かないとね。

2012年7月29日日曜日

何故、大阪市は文楽を守るべきなのか? 〜歴史はお金で買えない〜


 大阪市の文楽協会への補助金の削減が問題になっている。橋下市長の発言も含め、論点がおかしいと思うので、整理したい。


 僕は橋下市長の維新の会や大阪都構想には、基本的に賛成だ。国から地方への権限委譲の必要性は、長らく語られてきたが、具体的になっていない。大阪市と大阪府の二重行政の無駄も大きいだろう。
 大阪市の既得権益の構造は根深そうだし、橋下さんのようにマスメディアを活用して、市民の支持をテコにしないと抜本改革は難しいと思う。優秀なブレーンも集めているし、是非、頑張って欲しい。
 文楽協会への補助金削減も、そこに巣くう大阪市からの天下り役人や、文楽協会の事務局の守旧ぶりを炙り出すという意図もあるのかなと思う。ただ、観客動員数を評価のポイントにしたり、演出までに口を出すのは、基本的な姿勢として間違っている。

 さて、文楽の価値は何か?
 最初に断っておくと、僕は文楽について全然詳しくない。行ってみたいと思いながら、ちゃんと生で観たことは無い。でも、僕にとっても文楽を守ることはとても大切だ、何故か?
 橋下さんの話法に合わせて、短く言うなら「長い歴史があるから」。そして、「国内、海外で、その存在が知られているから」。それだけで理由としては十分だ。実際、ユネスコの世界無形遺産にも指定されている。

 歴史的建築物を文化財として守るという事と基本的に変わらない。文楽を観客動員数で評価するのは、
「五重塔は、ディズニーランドより動員力無いし、スカイツリーより眺めが悪いし、実際に人が住めないから、守る価値が無い」
 と言っているようなものだ。
 観劇してみて、退屈かどうかなどという基準を用いるべきじゃ無い。

 商業演劇やポップスのコンサートは観客動員で、ある程度評価できる。市場原理の中で、消費者の支持を集めた作品が「勝者」で良いと思う。僕は自分がプロデュースした作品を売上数やランキングで価値付けされることを潔く受け入れて仕事している。それがポップスの、そしてショービジネスのルールだと思うから。
 伝統文化は全く違う。文楽(人形浄瑠璃)は、既に、数百年単位で日本人、そして世界中の人たちの支持されてきたのだ。それを踏まえて判断しなければいけない。
 今回、もし橋下市長が、文楽協会を潰してしまったら、これからどんな成果を挙げようとも、愚帝として数百年と語り継がれることになる。行政改革の効果は長く持っても100年だろう。文楽は既に、その3倍以上の年月を生き延びてきているのだ。その歴史に敬意を払うべきだ。
 文化の価値は、目先の貨幣的な価値だけでは図れないことを知って欲しい。
 
 橋下市長は「競争力のある大阪」を掲げて、東京と対抗できる都市となれるように活性化したいと言っているという。大阪の価値は何だろう?東京には、江戸開都から数えても、せいぜい500年位の歴史しか無いのに対し、関西エリアには、1500年近い歴史のある街がある。国際的に見ても、歴史のある国や街は尊敬される。幸運にも文楽は大阪で生まれ、育っている。大阪のブランド力をあげるために文楽の存在は有効なカードなはずだ。守旧派のスタッフを追い出して、芸術家を街のブランド力向上に役立つように活用させてもらえば良いと思う。
 「国力」は、総合的なものだ。国際的に評価されている伝統文化を持っていることは、国力向上にも有効だ。重要な国際会議の交渉場面で、文楽の比喩を使うことが、こちらの主張を通す一助になることもあるかもしれない。政治家には総合的に日本の国力をあげていくという視点を持って欲しい。
 
 余談だけれど、経済産業省がクールジャパンで、高尚な文化論を語っているのは、これとは真逆の意味で、間違っていると思う。
 このサイトを見ると悲しくて、泣きそうになる。
 日本のポップカルチャーの文化的な価値に関して、経産省がウエブサイトを運営している理由が全くわからない。大至急、仕分けすべき。
 そんな予算があるなら、海外のコンベンション参加のアーティスト達の旅費を補助する(世界のほとんどの国ではあるからね)とか、航空会社に楽器が壊れないコンテナの研究をさせるとか、海外の興行で円決済をしやすくするための制度研究とか、もっと商いにつながることに労力を使って欲しい。
 フランスでコンサートをやる際は、オープニングアクト(前座)に、フランスのバンドを使わないと罰金がとられるそうだ。自国の文化を後押しする制度は諸外国に様々な例がある。日本もそういうことやれば良い。
 
 大阪市長が、伝統文化を「商売」で語り、経済産業省がポップカルチャーを「文化論」で語ってる。逆でしょ?


<参考リンク>
●ドナルド・キーン氏、文楽は「人間より美しい」
⇒日本文化の専門家のインタビュー。文楽の価値が素人にもよくわかる。

●“人形遣い”の器量は、分からないもので分かる(小田嶋隆 ア・ピース・オブ・警句)
⇒いつもながら切れ味鋭いコラム。同感です。

2012年7月10日火曜日

ソーシャル・コンテンツ・プロデューサー宣言!! 〜「j-Pad Girls」スタートに当たって

 新しい事に挑戦する時のドキドキは好きだ。初めてニュージャージーの黒人協会にレコーディングに行った時も、セカイカメラとコラボすると決めた時も、ルーマニアからジプシーバンドを呼んだときも、初音ミクで新曲発表した時も、背筋がすっと伸びるワクワク感があった。


 「j-Pad Girls」は、僕がプロデューサーとしてやってきた事の集大成の企画になるので、なおさらだ。
 本当に大事なことは、そんなに簡単に変わらない。5000年前の壁画の絵文字を読み解いたら「最近の若者は、なってない」と書いてあったという笑い話は、結構好き。


 音楽をユーザーに届けて、喜んでもらうことを仕事にする。その本質が簡単に変わるとは思ってない。「ニュー・ミドルマン」という呼称は、尊敬する田坂広志さんの受け売りだけれど、アーティストや作品とユーザーを結びつける仕事の重要性が増すことはあっても、減じることは無いと僕は疑いも無く信じている。


 ただ、ドッグイヤー(人間の1年が3年に感じる)がマウスイヤー(同じく7年、つまり7倍の速さ)と言われる位、技術革新が早い今の時代は、ツールの変化は速い。音楽サイトについても、日本でMySpaceが注目されたのは5年少し前だ。あっという間にトレンドは変わっていく。

 ソーシャルメディアがコミュニケーションプラットフォームになる時代に、大切なのは個々の信頼関係だ。それが多対多のコミュニケーションとして拡散していく、大昔からあったことかもしれないが、今は速度がもの凄く速く、距離も国境も越えて、しかも可視化されている。情報が伝わっていくプロセスも楽しむことができる時代になった。 


 僕がツイッターを始めたのは、その時代の到来を本質かつ不可逆なものだと実感したからだ。音楽業界で叩き上げ的に育った僕は、マネージャーは裏方だという価値観が骨身に染みこんでいる。ビッグアーティストを売り出した、僕が尊敬する先輩マネージャー達は、必ずや自分の存在は影にして全てのアイデアをアーティストに注入するという手法をとられている。

 ヘビーなツイッターユーザーになっている今となっては驚かれるかもしれないけれど、2010年1月に本名でツイッターを始めるまで、僕はmixiなどの匿名サイトを含めてネット上に自分の発言を出したことは一度も無かった。自社アーティストのメイキング映像にも映り込まないように逃げていた。2009年までは、僕の発言も写真もネット上には存在していない筈だ。


 2年半ほど前に僕は諦めた。個人が情報のハブになる時代に、水面下に潜っていることは損が過ぎるし、遅すぎる。好き嫌い、向き不向きは別にして、やらざるを得ないと腹をくくって、ツイッターを始めた。その時は、ビジネス書を書いたり、トークイベントを主宰することまでは想定していなかったけれど、ルビコン川を渡ったという覚悟はあった。


 前置きが長くてごめん。短く結論。

 「j-Pad Girls」は、ソーシャルメディアに特化したプロジェクトです。UGM(ユーザー・ジェネレイティッド・メディア)と呼ばれるように、"素人"が主役に見えるソーシャル・メディア上で、一流のプロフェッショナル・クリエイターが本気で挑むというコンセプト。

 まずは、クラウド・ファンディングでの告知から情報解禁。日本ではCampfire。米国では定着しているKickstarterもエントリーする予定。フレームワークをユーザーにプレゼンテーションして、サポーターを募る。YouTubeやニコニコ動画で作品を公開して、iTunes Storeをはじめとした全世界の配信サイトでリリースするのは、今やそれほど珍しいことではないけれど、自分たちなりに「ソーシャルメディア最適化」したコンテンツで挑戦してみたい。


 これまで、水面下で全責任を負っていたのを、名実共に、ユーザーに直接「エンゲージ」する。これまでもプロデューサーとして立ち上げたプロジェクトは、プランニングしてきたし、全責任を背負ってたし、大して変わらないかもしれない。違うのは、ユーザーに全部自分の言葉で、直接説明することだけ。アーティストに説明して理解させて発信させてきた、これまでよりも、むしろ楽かもしれないと思うことにした。


 ということで、やります。是非、興味を持って下さい。できれば応援をお願いします。批判は受けます。無関心は悲しいです^^

 「j-Pad Girls」。東京発でグローバルに勝負する、僕の本気の方法論です。こちらで「パトロン募集」しています。ご協力をお願いします!


●Campfire「パトロン募集」
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●j-Pad Girls twitter 

2012年7月1日日曜日

最近観た映画『シャーロック・ホームズ』『ドラゴン・タトゥーの女』『スーパー・チューズデイ』『フリューゲルの動く絵』『ミッドナイト・イン・パリ』

3ヶ月も更新をサボってしまった。断片的なことは、ツイッターとフェイスブックに書き留めることが習慣になっているので、ブログは、少しテーマ性のあることをまとめて書こうなどと思っていると、ついつい先送りになってしまう。
映画については、自分の備忘録としての意味もあるので、公開時期からはだいぶずれてしまったけれど、記しておきたい。

『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』
物心ついた頃から、本を沢山読む子供だった。親の教育もあると思うけれど、同じ環境だった妹は読書しなかったから、そういう性質だったんだろう。小学校低学年では、親から与えられた「ドリトル先生シリーズ」「アーサーランサム全集」(『つばめ号とアマゾン号』とかね。)「ケストナー全集」(『二人のロッテ』とか)で、高学年に読みふけったのが、シャーロックホームズシリーズだった。当時は、好きになった作家やシリーズで文庫本か、図書館で、手に入るのは全部読んでいた。中学生時代に太宰治と司馬遼太郎を読みあさったのを最後に、小説から人文科学系の新書に興味は移っていったけれど。
シャーロックホームズは、英語の勉強になるかと思って、短編集を英語版も買ったりした。ホームズファンはマニアックで熱狂的なファンがたくさん居るので、ファンのうちには入らないかもしれないけれど、ベーカー街のホームズの部屋には、イメージがある。勝手に浮かぶ景色を持っている。
ということで、この映画。ともかく思ったのは、ホームズファンは怒るだろうなということ。世界観が全然違う。ホームズとワトソンの男色を匂わせるような台詞もあって、衝撃だった。世界中のホームズマニアは、決してこの映画を許さないだろうなと思うと、その事にどきどきして、映画に集中できなくなった、ホームズとかワトソンとか言わないでくれれば、もっと楽しめたのになぁ。
エンタメ映画としては、良く出来ているし、とても面白いです。

『ドラゴン・タトゥーの女』
傑作だと思う。骨太な構成と練られた脚本。映像の美しさ。申し分ない。デヴィッド・フィンチャー監督はミュージックビデオの印象の方が強かったけれど、改めて映画監督しての実力を思い知った。
ダニエル・クレイグには、これまであまり興味なかったけれど、本作を観て、好きになった。でも、なんと言っても賞賛すべきは、主演女優のルーニー・マーラーだと思う。幼少期に問題を抱える影のある役を見事に演じている。ハードなシーンも多いのだけれど、観た後に、映画『ソーシャル・ネットワーク』で、主人公ザッカーバーグの恋人役もやっていたことを知って、心底驚いた。思いっきりコンサバな女子大生の役だったから。どんだけ芸の幅が広いねんっ!
脚本はミステリーとしても非常によくできている。原作がベストセラー小説だったというのも納得。見逃した人は、DVDで是非!ディレクターズカットで観た方が良いと思う。

『スーパー・チューズデイ』
「天は二物を与えず」という諺があるけれど、ジョージ・クルーニーは、いくつ持っているのだろう?俳優として、監督として、映画プロデューサーとして、どれも成功して、大きな経済力を持ち、米国政界にも影響力があるという。羨ましいを越えている。
本作は、米国の大統領選挙の内幕が鋭く描かれる映画。面白い。主役は選挙参謀。若き参謀が、様々な陰謀に翻弄されているうちに、自ら権謀術数に長けていくという、悪漢ロマン的なシナリオ。
ジョージ・クルーニー演じる大統領候補も、ライアン・ゴズリングが演じる若き選挙参謀も、高い志を持って、政治に取り組み始めるのだけれど、実際に選挙に勝つためには、きれい事では済まなくなっていく。考えさせられるところも多いけれど、テンポの良い展開にハラハラしながら引っ張られていくことになる、よくできたエンターテイメントとなっている。オススメです。

『フリューゲルの動く絵』
一転して、とてもアート的な映画。
中世最後期の画家、ブリューゲルの絵のモデルに多くの民衆をかり出している聖書の世界を再現させるという設定。16世紀に描かれた「十字架を担うキリスト」のシーンが再現されている。摩訶不思議な寓話の世界と謳われているけれど、寓話と言うよりは、芸術家の妄執を感じた。そして画面が非常に美しいのが印象的だった。
 シナリオが練られた作品が好きで、映画は「火薬の量やSFX効果より、脚本が練り直された回数」の方が大事だと思っている僕だけれど、こういう絵画的な映画も好きだ。
これは映画館で観たい類の映画で、小さな画面では、その良さがわかりにくいもしれない。

『ミッドナイト・イン・パリ』
好きな街はどこかと問われれば、迷わずに、ニューヨークとパリと答える。世界中で、色んな街に行ったけれど、今のところ他にいつでも行きたいと思える都市は無い。
20代半ばで初めてニューヨークに行ったとき、このまま留まって住もうかと思った。東京で生まれ育った僕の働き場はここしかないのではと。その時はもう会社を始めてたから、もちろん帰国したけれど、以来、折にふれて訪れている。
パリは京都的なよそ者への冷めた暖かさと、長い歴史に裏打ちされた猥雑さが好きだ。ニューヨークに住めば、多分俺もニューヨーカーだけど、逆立ちしてもパリジャンにはなれない。そんな僕にとって、ニューヨーカーであるウッディ・アレン監督が撮った憧れのパリ映画、しかも過去の芸術家達にタイムスリップして会いに行くという設定らしい、絶対、見逃せない!
そして、期待は裏切られなかった。ウッディ・アレンらしい洒脱な世界を堪能。大好き!

2012年3月31日土曜日

編集者に著作隣接権を持たせたい理由を情緒的に説明してみる。〜『編集進化論』を読んで〜


 最近、出版社が原版権という著作隣接権を法制化しようという動きがある。


 一部の作家からは、懸念の声も上がっているようだ。このまとめからを読むと、漫画家さんも出版社側も知識、情報が足らずに混乱しているようだ。この種の話は、疑心暗鬼な人が多いとなかなか着地できない。


 結論から言うと、僕は法制化に基本的に賛成だ。出版社や編集者の役割、貢献に対して、著作隣接権的な権利を持つのは当然だと思う。出版物は、音楽以上に多岐のジャンルがあり、分野ごとにビジネススキームや業界慣習も違うから、一律でルールにするのは難しいところもあるだろうけれど、音楽ビジネスをしている立場から見ると、これまで無かったのが不思議に感じられる。

 音楽業界には、作詞作曲家やアーティストの権利とは別に、通称、原盤権と呼ぶ、レコーディングに携わり、その費用を負担した者に著作隣接権という権利が認められている。楽曲の著作権についても人格権と財産権を振り分けて収益をシェアしたり、許諾を信託したりと様々な仕組みと慣習がある。デジタル時代に合わせた修正は必要だけれど、基本的な考え方はできているし、その運用もスマートで、率直に言って、出版業界よりは洗練されていると思う。
 ここ数年、電子書籍に関するセミナーや勉強会に呼ばれてお話しする機会があるけれど、音楽業界で長年仕事している感覚だと、隣接権無しでビジネスが成立してきたことに驚いてしまう。
 作品そのものに権利を求めなくても、印刷して流通して書店に並べるという機能の影響力が大きくて、そこを押さえておけば大きな問題は起きなかったのだろうと想像する。書籍の問屋「取次」が強い力を持っているという話は聞くし、印刷、製本なども資金力が必要だしね。
 近年の電子書籍の出現が、いわゆる「中抜き」という現象をかいま見せていて、慌てて、対応しているというのが実際のところなのだろう。

 僕は出版社の既得権益については、是々非々でクールに考えれば良いと思っている。インターネットが広まれば、個人と個人だけの取引に集約されるというのは幻想だ。資本力の重要性や既得権は形を変えるだろうけれど、簡単に無くなる訳じゃ無い。ユーザー嗜好の変化による市場の淘汰や政府の規制や様々な環境変化の中で、各出版社が企業として生き残り策を考えていくだろう。

 僕がこの機会に強調したいのは、(広義の)編集者の役割の重要性だ。ジャンルによっても違うだろうし、作家のタイプや個々の作品の成り立ちによって、果たす範疇は、かなり多様だけれど、良い作品になるかどうか、書籍が売れるかどうかには、編集者の職能の重要性は非常に高いと思う。

  『編集進化論─editするのは誰か?』(フィルムアート社)を読んで、その思いが強くなった。

編集は「と」の仕事。「と」はVSにもなるし、andにもなるし。withにもなるし、orにもなる。いろいろな組み合わせで二つの文化をつき合わせられる。

という一文が素敵だ。

 仲俣暁生さんは著者として『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神Lマガジン)も書かれている。この本も素晴らしい。雑誌への愛情とクールで分析的な視線が両立していて感銘した。僕らスタッフは、この両立がとても肝要なのだ。

 もうお気づきかもしれないけれど、僕が、編集者の権利に熱くなるのは、自分達が音楽に於いて果たしている役割と相似形に見えるからだ。アーティストが成功するかどうかは、マネジャーやプロデューサー、エンジニアなどスタッフとの出会いが非常に大きい。(このことについては、「ミュージシャンよ大志を抱け!〜音楽関連ビジネス書ブックレビュー〜」をご覧下さい。)
 
 そして、音楽業界でも、もうレコード会社は要らない、と「中抜き」現象が起こりつつあるように言われているけれど、僕はちょっと違う見方をしている。
 田坂広志さんが著書『未来を予見する5つの法則』(光文社)で定義してるように「ニューミドルマン」が重要だ。
 
 従来の中間業者が「企業」の方を向いて「販売代理」のビジネスモデルで仕事をしていたのに対し、ニューミドルマンは、「顧客」の方を見て「購買代理」の仕事するのです。

 これまでの仕組みとスキルにしがみつくのでは無く、新しい環境に適応した形で作品とユーザーを結びつける「ニューミドルマン」の職能が、むしろ必要性が増している気がする。

 例えば、レコード会社の営業マン。CDショップに足繁く通ってバイヤーと仲良くなり、商品本部のキーバーソンとお酒を飲んで多くの注文数を取ってもらい、レコード会社とCD店のバックマージンの調整が得意な人は、確かにもう必要ない。でも同じ営業でも、店頭を通じて、リアルに市場を見ていた人は、新しい環境でもできることがある筈だ。ユーザーへのリコメンド力は、情報が拡散するソーシャルメデイア時代には、より重要になっている。必ずや「ニューミドルマン」として果たすべき仕事がある。
 出版社も同様だと思う。新しい時代にあった「ニューミドルマン」たる編集者は、むしろその重要性を増している。

 僕は昨春に初めて著書を刊行させてもらった。ダイヤモンド社にプレゼンテーションに行った時は、レコード会社に初めて行くときのバンドマンの気持を疑似体験をしたみたいだった。当初の出版予定日が延期になった時にも、アーティストの気持ちが少しわかった気がした。申し訳なさそうな態度で、延期する事情を正確に伝えながら、ポジティブな側面にできるだけ目を向かせるような話し方をしてくれる編集者が本当にありがたかった。そして「これは、普段、俺がやっている仕事だ」と実感した。
 その時に思い出したのは、成功するアーティストは、必ずスタッフへの感謝の気持を持っているということ。長年積み上げてきたスタッフの苦労を簡単に裏切る人もいるけれど、そういう音楽家は、音楽の世界から離れていくことになる。

 作家への愛情と市場への計算を両立させ、作品性を損なわずにユーザーと繋ぐには、プロフェッショナルなスキルと強い情熱が必要だ。出版ビジネスにおける著作隣接権を考えるときに、編集者の役割の再評価と再定義がされることを期待して、「隣の村」から暖かく見守っていたい。

 ビジネス面での分析を期待した人にはごめんなさい。本稿は情緒的な話です。エンターテインメントは、関わる人たちの心意気も重要なんだよ^^